「どう考えたって、おかしいだろう?」 「はいはい。おかしいおかしい。」 圭介は、さっきから、何度も同じセリフを繰り返していた。 コークを飲みながら言う怜花の目線に応じて、 彼が持ち込んだウィスキーが相当量投入されている コークのグラスを没収した。 「返せよ。」と目で見てきたが、軽く睨んでやると、渋々席に戻った。 「二人とも、歌わないの?」 雄一郎が、マイクを向けたが、怜花は首を振った。 「じゃあ、また俺かー。」 雄一郎は、新しい曲を選ぶ。 「絶対、わかるわけねえんだよ。  今回の中間で、ケータイを使ってカンニングする計画は。  前回の、一年最後の期末では違う手を使ったし、向こうも、  ケータイを圏外にしたりしなかった。」 「わかんないじゃん。  気づかなかっただけで、学校側は、前から同じことしてたんじゃないの?」 「いや。してない。」 圭介は、首を振った。 「なんでわかるの?」 「覚えてないか?試験中に、ケータイ鳴ったろ。誰のか忘れたけど。」 「あ・・・・・・そうだった。」 妨害電波はともかく、どこの学校でもそういうことあるんだな。 はぼんやりと思った。 「じゃあ、そのせいで、今回は、ケータイが鳴らないようにしたんじゃない?」 「そんなことくらいで、法を犯したりはしないよ。  何しろ、全クラスを圏外にしたんだからな。」 二人が会話を交わしているのをよそに、 太鼓のリズムに合わせて、演歌調の泥臭いメロディの前奏が流れ始めた。 雄一郎が、歌い始める。それを後から圭介が歌い始める。 野球のあるチーム曲が流れている間、の耳は右から左である。 「とにかく、悪いことをしてたのは、こっちなんだから。  ね?もう、忘れなさい。」 「いや、向こうだって、悪いことをしてるかもしれない。」 考え深げに言う圭介に、何故そう言い切れるんだ、と凝視する。 「電波法?そんなのって、別に・・・・・・。」 「そのことじゃない。」 圭介は、にやりと笑うと、別に用意していた普通のコークを呷った。 「いろいろ考えてみたけど、蓮実が、こっちの計画を知った方法は、  一つしか思いつかなかった。」 「どうしたっていうわけ?」 「会員の誰かの会話を、盗聴したんだ。」 と怜花は、絶句した。 ありえない、とは真っ先に思ったが、 怜花は、蓮実なら、やりかねない気がする思いだった。 はムッとして言葉を投げた。 ≪何で、そんなことが言えるの?いくら何でも失礼だよ。≫ 「俺の考えじゃ、そいつしか考えられねえんだよ。  電波オタクの八木沢が、あんなあざとい真似するはずねえし。」 「でも・・・・・・誰かが、漏らしたのかも。」 「だとしたら、とっくに俺らは、呼び出しくってるはずだろう?  ・・・・・・いいか。向こうは、カンニングの方法についてはつかんでたのに、  首謀者が誰なのかは、全然わからなかったんだ。  盗聴したとでも考えないと、説明がつかないじゃないか?」 ≪―――あのさ、そろそろ止めない?雄一だけ歌わせちゃ、かわいそうだし。≫ が雄一郎の方に視線を向けさせた。 マイクを向けて来たが、二人とも、首を振る。 「せっかくカラオケに来たのに。  ・・・・・・それにしても、試験初日に打ち上げやってるなんて、  俺たちくらいだろうな。余裕だな。」 雄一郎は、マイクに向かって独りごちると、次の曲をセットした。 哀調を帯びた古臭いメロディが流れ出す。 スクリーンには、『橘中佐』というタイトルが映し出された。 *** 中間試験も無事に終わり、また、以前と変わらぬ日常が戻ってきた。 最初は不安で仕方なかったも、この学校に慣れ始めた頃だった。 蓮実が担当する英語の授業を受けながら、は無意識にペンを回した。 脱線のしかたが変だった蓮実の言葉に、クラスにどっと笑いが沸き起こった。 も思わず笑みをこぼした。 口を手で覆いながら、ふと蓼沼将大の姿を目にした。 彼だけ、まるっきりの無反応である。 同じクラスの山口と殴り合いのケンカして以降、 一触即発の緊張状態が、ずっと継続している。 がここに来る以前から、蓼沼は問題児らしい。 同じ部員である前島が、彼にいじめを受けているとの話を聞いたので あまり気が気でなかった。 「今日は、とっておき。これさえ知ってれば、長文問題も全然怖くない。  その必勝法則を公開します!一目瞭然、Crystal-clear!  この文章を見てください。主語が・・・・・・」 そのとき、非常ベルの耳障りな音が、校内放送のスピーカーから流れ出た。 生徒たちが、ざわつき始める。 「OK! everybody!避難訓練です。整然と、粛々と避難しましょう。」 蓮実は、生徒たちを教室から追い立てる。 四組の生徒たちも、すっかり気勢をそがれたようだった。 やる気がなさそうに、私語を交わしながら、ぞろぞろ歩いている。 隣にいる怜花と雄一郎に向かって、 「面倒くさいね。」と口パクで交わすと、苦笑を浮かべて頷いた。 「こらあ!てめえら、ちんたらしてんじゃねぞ!」 竹刀で床を叩く音と、世にも品のない怒声が聞こえてくる。 柴原だ。は思わず、肩を強張らせた。 あの(・・)一件から大分経つが、 柴原は頭を蹴り飛ばされたことすら記憶になかった為、 お咎めもなく済んだが、理性が半分飛んでいたとは言え、 一応教師である柴原を気絶させてしまったには、 生きた心地がしなかった。 最も、怜花達にこの事について伏せてはいる。 強張ったを、怜花達は家族を亡くしたことを思い出したと思い、 「大丈夫?」「無理して参加することないよ。」と優しい言葉をかけた。 は平気だ、と見せるように笑みを浮かべた。 「みなさん、ちょっと待ってください。  下りる前に、これを見てくださいね。」 五組の担任の北畠教諭が、窓際にある避難用具の説明をしようとしたが、 生徒たちは、気づかずに通り過ぎそうになる。 蓮実は、両手を打ち鳴らして、生徒たちを呼び止めた。 「はい!注目!これから、避難用救助袋の説明をします!  ・・・・・・おい、そこ。これ、入試に出るぞ。」 出ねえよ、とも心の中で半笑いしながらぼやいた。 「火災の場合、防火シャッターが下りるので、  避難路は西階段の一箇所しかありませんが、  万が一階段が使えない場合も、窓から脱出できるよう、  二階から四階までの各階に、この救助袋が設置されました。  最初に窓を開け、こうやってボックスを開けます。」 蓮実は、窓際にある大きな箱の上蓋を取って、前板を外した。 中には、特殊加工された帆布の救助袋が、 幾重にもつづら折りになって収められている。 「次に、救助袋を止めてあるベルトを解いて、  下に人がいないことをよく確認してから、  誘導ロープの末端に付いている黄色い砂袋を投下します。  それに続いて、先端から徐々に救助袋を下ろしていきます。」 はもちろん、生徒たちは、周囲の窓に鈴なりになって、 作業を見守っている。 「救助袋が完全に降下したのを確認したら、  この根本の部分を反転させます。」 救助袋の末端はボックスに蝶番で固定されており、 その部分を蓮実が裏返すと、四角い入り口が現れた。 「あとは、足からここに入って、滑り降りればいいだけです。  簡単ですね。」 「でも、ハスミン。これ、ほとんど真っ直ぐじゃん?  袋に入ってるだけで、落ちるのと変わんないんじゃないの?」 隣の窓からかぶりつきで見ていた安原美彌が、疑わしそうに訊ねる。 「ところが、そうじゃないんだな。  この救助袋は内側が螺旋状になってて、ぐるぐる回りながら降下するんだ。  そのおかげで、速度は、ほぼ一定に保たれる。  ・・・・・・ただし、地面に下りたら、すみやかにその場を離れること。  ぐずぐずしてると、次の人が頭の上に降下してくるからな。  さて、誰かに実際に降下してもらおうか。」 最初は躊躇して候補に出る生徒は出て来なかったが、 蓮実の得意の話術で、ようやく数名の手が挙がる。 それ以降、順調に降りていき、全員校庭へ向かった。 避難訓練らしさを醸し出すために数本の発炎筒が焚かれていたことに 正直ビビッていただが、発作とかが出ることなく、 避難訓練は無事終了した。 ようやく消えた白煙に、は思わずホッとした。