避難訓練が終わった自習の中、 蓼沼と話し合いしようということになったが、 途中から険悪な雰囲気になり、蓼沼は前回よりも酷く荒れた。 奪い取ってやったカッターナイフを握り締めた時にはぎょっとしたが、 最終的に誰かが切られて出血することはなかった。 今回の事件だけでも、退学処分が相当と考えられたが、 その前の暴力事件で、蓼沼にはすでにイエローカードが出た状態だったので、 もはや斟酌する余地はないという意見が、職員会議の支配的な雰囲気だった。 蓼沼が正式に退学になったと報告された時、 何故かは腑に落ちなかった。 彼とは最後まで会話はなかったが、 蓼沼が蓮実に何かを言おうとしていたのが、妙に引っかかっていた。 「あの手紙は・・・・・・。」 あれは、一体どういう意味だったんだろう。 しかし、今さら気にしても仕方がない。 それにしても、暴力事件といい、最近は物騒だ。 清田梨奈の自宅が火事になったと知った時は、 尋常じゃないほど心臓がうるさかった。 父親が亡くなってしまったことは残念だが、 梨奈が無事であるのを知って心底安心したのは、当然である。 「(でも・・・これは本当にただの放火魔の仕業だろうか)」 自分の家族が焼死した一件のせいか、注意深く考え込んだ。 メディアや警察からは、自分の家族は心中を図ったのだと言って片付けた。 そんなはずがない。数時間前まで、レストランの予約を取っていたと 電話越しに喋っていた母親が、後でゲームの続きやろうと約束したばかりの弟が、 自ら命を絶つなんて考えられない。しかし、そう決定付ける証拠がない。 今回の火事に至っても、気持ち悪いとしか言い様がない。 清田家の周囲に猫避けのために置かれたペットボトルに 灯油が入れられていたのだ。 放火魔の手口とは微妙に違っていることに、 放火とは別の目的で犯行に及んだのではないかと―――。 「(あれ・・・?)」 校門の手前に立って、外の様子を窺っている怜花を見て、首をかしげた。 彼女の元に駆け寄ろうとする所に、圭介が現れた。 「怜花のやつ、どうしたんだ?」 ≪分からない。これから訊きに行くとこだったんだ。≫ 会話を短く済ませると、今度こそ怜花の所へやって来た。 怜花はを見るなり、「今日、部活じゃなかったの?」と言ってきた。 ≪今日休みだってこと、美術教室に行ってから気づいたんだよ。≫ 「相変わらずだな、お前・・・・・・。」 呆れた顔で言う圭介に、はわざとらしく咳払いした。 ≪ここで何してたの?≫ 「あそこに、変な人がいる。」 「変なやつ?痴漢か?」 圭介は、いっぺんに退屈が吹き飛んだという顔になり、 勇んで校門を出かけたのだが、「やべ!」とつぶやいて、 引き返してこようとする。 「おーい。早水君!」 そのとき、ぺらぺら素材のウィンドブレイカーを着た男が 遠くからめざとく圭介を見つけて、呼び止めた。 聞き覚えのある声と、その顔に、は目を見開く。 「何?知り合い?」 怜花は、ほっとして、訊ねる。 確かに、彼()知り合い、というのが気になる。 「知り合いっつうかさ・・・・・・。」 圭介は、心底嫌そうな顔だった。 「早水君。・・・・・・と、さんじゃないか。  そうかー。君達、ここの生徒だったんだ。」 男は、近づいてくると、意外に人の良さそうな声で言う。 「も知り合いなの?」と訊いてくる怜花に、 は曖昧な応じ方をする。 この人のことは嫌いではないが、彼の属する組織自体が嫌いだ。 「私ね、生活安全課の下鶴っていいます。」 彼が、正真正銘の警察官であるのを、怜花は思ってもいないだろう。 *** 下鶴刑事に、一見普通に見える車で、町田駅まで三人を送ってくれた。 放火であれば、ふつう刑事課の仕事であるのに 生活安全課が絡んで来るのは、少年犯罪の可能性があると見てる、 と言っていい。 半年前、がまだ在校していた学校のクラスメイトに 下鶴刑事がわざわざ出向いて訊きに行ったのを思い出す。 警察の仕事とはいえ、犯人だと思われて良い思いするはずがない。 圭介は、どうやら出入りしていたクラブで、 下鶴刑事のお世話になっていたようだ。 ≪ごめん。先に帰ってて。≫ 「どこ行くの?」 ≪DVD借りに。≫ 「・・・ああ、そう。」 のことだから、十中八九ホラー映画だろう。 しかし、事件のこともあって大好きな娯楽さえ 手につけていなかっただったので、 いつもの彼女に戻ったのだと、怜花は内心喜んでいた。 「また何かあったら、ちゃんと連絡してね。」 ≪分かってるよ!≫ 怜花と別れる前に、すでに圭介とも別れていた為、 今は一人だ。 レンタルショップは別の場所にあるため、一旦駅を出た。 すると、出てくるのを待ち構えていたかのように、 下鶴刑事の車が停車していた。 ≪―――何か用ですか?≫ わざわざだけを待っていたとすれば、用件は一つしかない。 「君の今の現状をね。友達のいる前じゃ、話し辛いだろ?」 最もな意見に、は思わず相槌をした。 人の出入りが少ない寂れた喫茶店に場所を移す。 冷えて来たので、はホットコーヒーを頼んだ。 「調子は、どうだい?」 ≪ぼちぼち、です。≫ 「そうか。・・・・・・毟り返すようで悪いんだが。  嫌な思いをさせてすまない。」 ≪今更ですね。うちの母と弟を、自殺者扱いにして。≫ 「そうだね・・・・・・。  でも、君の家族が他殺されたという証拠がないんだよ。」 そんなこと、自分の脳内ではとっくに理解している。 国民達を守るはずの警察が、自分の納得する成果を出してくれたことに 改めて絶望した。 「今回、君の同級生の家も全焼しただろう?  強くは言えないけど、もしかしたら君のご家族も―――」 ≪結構です。時間がないので、そろそろお暇してもいいですか?≫ こんな思いするなら断っておけばよかった。 が席を立とうとすると、 下鶴刑事は言い難そうに、不可解なことを言い出した。 「後・・・・・・これ以上君を悲しませたくないから言っておきたい。  全部伝えたら、もう君の前に姿を見せないと誓うよ。」 ≪―――何なんですか?≫ 本当なら、さっさと勘定を済ませて出ていきたかったのだが、 人間の好奇心というものには逆らえなかった。 「市立**小学校の同級生、覚えてるかい?」 ≪ええ。全員の名前、書きましょうか?≫ 何故、自分が通っていた小学校が出てくるんだ、と 下鶴刑事を見た。 「男子生徒とは、仲はいいかい?」と訊かれ、いいえ、と首を振る。 怜花達のように、会話を交わすことすらない。 「つい、最近のことだ。当時の同級生、特に数名の男子生徒達が、  その(・・)学校で無理心中したんだ。」 あまりにも現実味の沸かない内容に、の思考が一時停止した。 下鶴刑事が述べていく亡くなった男子生徒達は、 偶然にも、小学校時代にをいじめていた熊野率いるメンバーだった。 髪の毛に給食のチーズをつけられたり、 勝手に掃除当番を押し付けたりするなど、 陰湿なものばかりだ。 しかし、どんなに辛い記憶でも、時間が経てば経つほど薄く、 当時憎んでいたことすら忘れていった。 何故、彼らがわざわざ小学校で? 「どうやら夜中に忍び込んで、4年2組のクラスで命を絶ったらしい。  後で調べてみたら、全員4年2組のクラスメイトだったそうだな。」 「(ああ・・・・・・やっぱり当時のメンバーだ!)」 彼らはいじめをする以前から、仲は良いと聞いていた。 それぞれ自分達の目標のために進学した学校で、 受験を目前に控えていたのに何故、無理心中を? 同級生が一気に亡くなったことに、今になって体を震わせた。