のぞみ号が京都駅に着くと、
晨光町田高校の生徒たちと引率の教員たちは、
送迎バスに乗って、二条城の向かいにあるホテルに向かい、
チェックインして、昼食をとる。
一斑は原則四人で、学校が一括契約したタクシーに乗り、
あらかじめ提出した行動計画に従って神社仏閣などを訪ね、
あとでレポートを出すことになっている。
は怜花達とは別に、蓮実教諭主催の大学ツアーに参加している。
皆とお寺を回るというのも迷ったのが、
あの美彌に「一緒に参加しよう。」と滅多にないお誘いをしてもらったことが
一番の要因であった。
せっかくの機会だし、彼女とも仲良くなりたいと思ったは
前日、怜花達に丁寧に断りを伝えた。
「わたし達のことは気にしないで。あと感想教えてね。」
自分は本当に優しい幼馴染と友人を持ったと心の中で褒め称えた。
「今日はその・・・・・・よろしく、。」
≪こちらこそ。≫
筆談でそう伝えると、はにかみながら美彌は小さく微笑んだ。
この大学詣でに参加している4組からは、去来川舞、
渡会健吾という成績優秀者に加え、安原美彌もいる。
圭介は、前から京大志望を標榜していたから、当然、
こちらにも回るものと思っていたのだが、
辺りを見渡す限り、彼はその気もないようだ。
ジャンボタクシーを二台に分乗させて、
京大や同志社、立命館といった大学を回ったが、
正直、自分が通うとしたらどこがいいのか迷う。
「ハスミンって、ずいぶん、京大に詳しいのね。」
去来川舞が、感心したように言った。
蓮実が、迷いもせずに、学内の施設を、すいすい案内したからだろう。
「一応、OBだからね。」と蓮実が答えると、へっという顔になる。
初めて聞く話だからだろう。
「本当だよ。一ヶ月くらいしかいなかったけど。」
おそらく、日本の大学ならどこへ行っても同じことだっただろうが、
蓮実は、入学して一週間で、ここで学ぶことは何もないと見切りを付けて、
翌週には、退学届を提出していた。
「・・・・・・それで、どうしたんですか?」
蓮実の説明に、舞は、目を丸くして訊ねる。
「一年浪人して、アメリカの大学に留学したんだよ。
語学留学じゃなくて、きちんと勉強したくなってね。」
蓮実が猛勉強の末に入学したのは、
いわゆるアイビー・リーグに属する名門校である。
卒業後は系列のビジネススクールに進み、
経営学修士号を取得すると、欧州系の名門投資銀行
モルゲンシュテルンの北米統括本社に職を得た。
この先生は改めてすごいな、と感心するはふと疑問に思った。
だったら何故京大に入ったのか、不思議に思う。
「・・・・・・でも、じゃあ、そもそも、
なんで京大に入ったんですか?」
渡会健吾が、不審そうに質問する。
「別に、理由はなかったな。
高校が近くだったから、何となく、流れかな。」
「えー?ハスミンって、京都の人だったの?」
黙って聞いていた美彌が、驚いたように訊く。
近くにいたも同じ気持ちだった。
「生まれは東京だよ。京都に来たのは、中二の途中からだ。
・・・・・・そろそろ親の庇護を離れて、自立したくなってね。」
蓮実は、話題を変えると、
東京の喧噪から離れて京都で送る学生生活について、熱心に語った。
それから、あらかじめアポイントを取ってある工学部の研究室を訪問し、
晨光町田の卒業生である大学院生から、研究一途の毎日についての
リアルな話を聞いたのだが、良くも悪くもリアルすぎて、
生徒たちは若干引き気味だった。
黙って話を聞いているのは、少々退屈だった。
はそれをBGMに、視線だけを動かして辺りを見渡す。
視界に映った蓮実は、物思いに耽っていたようだった。
「ハスミン?何、ボーッとしてるの?」
話が終わっても微動だにせずにいる蓮実に、美彌が突っ込んだ。
生徒たちの間に、笑いが起こる。
「ちょっと、昔のことを思い出してたんだ。」
「何よ、にやにやして?別れた恋人のことでも思い出してたの?」
「そんなんじゃないよ。」
蓮実は、苦笑した。
「若い頃は、俺も、無茶をやったもんだと思ってね。」
***
怜花の様子がおかしい。
足早く部屋に戻ってきた怜花の瞳が、若干潤んでいたのだ。
何があったの、と聞いても、首を横に振るだけだった。
捜していた圭介と、何かあったのだろうか。
しかも、その後で、田浦教諭がわざわざ怜花に会いに来たのは、
どうしてだろう?
怜花も、田浦教諭への対応が普段先生に見せる反応と違っていた。
圭介だけでなく、彼女も何かしら関わっているのだろうか。
私に打ち明けないほど、嫌な思いをしたのか。
そう思うと、彼女の辛い気持ちをわかってやれない自分が嫌になる。
ベッドの上で輾転反側している怜花をじっと見つめている内に、
いつの間にか眠りについていた。
だが、突如上がった怜花の悲鳴に、一気に現実へ引き戻された。
「(怜花・・・・・・!)」
はすぐさま駆け寄って魘されている怜花の手を握った。
彼女に覆い被さっている楓子が声をかけると、ようやく怜花が目を開けた。
楓子から去来川舞へ視線を映し、手を握っているへと視界に捉えた。
≪怜花、大丈夫?≫
怜花は、ひしとに抱きついた。
当惑した表情を浮かべるも、
彼女が落ち着くまで背中を撫でていた。
***
翌朝、怜花は、寝不足で頭がぼおっとしていた。
朝食は、ほとんど食べられていない。
今は、圭介だけでなく、雄一郎とも・・・・・・
とにかく男子とは誰とも話したくないというのが伝わる。
田浦教諭と視線が合いかけたが、
は怜花の視界に入らせないよう間に入った。
生徒たちは、ホテルのロビーからぞろぞろ出た。
バスに乗り込もうと蓮実のそばを通り過ぎようとした。
「蓮実先生!」
誰かがそう呼びかける声を聞いて、反射的に視線を向ける。
度の強い眼鏡をかけ、額が禿げ上がった男性が、
蓮実教諭に近づいてくるところだった。
いかにも教師というタイプだが、うちの学校の先生じゃない。
誰だろう。
「サガエ先生。どうも、たいへんご無沙汰しています。」
蓮実教諭は、深々と頭を下げた。
笑顔であるが、心から嬉しそうな笑みではないことに、
たちは気がついた。
「修学旅行ですか?」
「ええ。昨日から、このホテルに泊まっています。」
「そうですか。私は、今日は、下見です。」
サガエ先生と呼ばれた人は、なぜか、ひどく神妙な表情になった。
「あれから、うちの学校も、ようやく立ち直ることができました。
その節は、蓮実先生にたいへんなご尽力をいただきましたが。」
「とんでもない。私などは、敵前逃亡したような口ですから・・・・・・。」
蓮実教諭は、言葉を濁す。
何となく、あまり触れられたくない話題だという気がした。
「蓮実先生。こちらは?」
二人の会話を聞いていた酒井教頭が、何者だろうという顔で前に出てきた。
「ああ、教頭。サガエ先生です。
私の前任校の、都立**高校の・・・・・・。」
「こらあ、片桐!!
何してる。早く乗れ!」
そこまで聞いたところで、たちは、
柴原教諭の怒声に追い立てられて、バスに乗った。
バスの窓から見ると、酒井教頭とサガエ先生が、
名刺を交換しているところだった。
そのとき、蓮実教諭とサガエ先生のやりとりに興味を引かれたのは、
自分たちだけではないことに気づく。
少し離れたところで、釣井教諭が、
じっと二人を凝視しているのが目に入ったのだ。
修学旅行中は、ほとんど姿を見ることもなく、
何のために付いてきたのかわからなかったため、
まるで、突如としてその場に出現したような感じだった。
日頃は無表情な釣井教諭の口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた。