*紀之介との馴れ初め
*紀之介と官兵衛はお互い名前や顔を知っている程度
*名前変換なし
静寂に包まれる夜の廊下を通る一人の男。
みしみしと板を踏み鳴らすその足どりはどこか覚束ない。
畏怖を含む視線や陰口を煩わしく感じないこの空間を、男は気に入っていた。
「はて・・・。」
暗闇しかない廊下に差す一筋の光。
灯りが洩れる部屋に目を細め、その襖を開けた。その奥からびくりと小さな影が動く。
「あ、あの・・・。」
五つほどに見える幼女だった。
簡単に折れそうな手が忙しく包帯を自分の口元に巻いていた。
微かに薬の独特な匂いがする。
「黒田が子を世話しているといると聞いていたが・・・ぬしであったか。」
「くりょだ・・・・・・かん、べ・・・?」
「左様。だが、子が寝入る時間に起きる子供がいるとはな・・・。」
「あ・・・ごめっ・・・なざい!すぐ・・・しゅませで・・・」
「マテマテ、落ち着け。われは咎めに来たのではない。」
残りの包帯を小さな腕からもらい、しわを一つも残さず幼子の口元を巻いていく。
一瞬ビクリと微動したが、すぐに大人しくなった。
巻き終わってから改めて、幼子は礼を言おうとしたが、何故かそれを制止された。
「よいよい、今は布団の上になる時よ。」
幼子の反応を待たず、部屋を後にした。
***
山賊の被害で生き残った唯一の生存者。
太閤自ら保護を命じ、豊臣の兵として育てると決めた賢人は、
世話役として黒田官兵衛とその部下・後藤又兵衛に任せた。
(というより無理強いに押し付けたように思える)
その話が耳に入るのは、そう遅くはなかった。
「やれ、しかし・・・あの幼子がなあ・・・。」
濁った目線の先には健気に雑用する例の幼女。
力は弱く、まだ子供であるからのも含むが、とても生き残れそうに思えない。
弱者を切り捨てるのが豊臣。それを掲げた秀吉が、半兵衛がー情を見せたとでもいうのか。
「いや・・・あの男は例外か。」
官兵衛は最近、雑務を押し付けられ文句たれるが、任された事には必ず全うする。
それに面倒見がよいことから慕う部下も少なくない。あの男にはまさに適任だ。
だが子飼いでもない幼子がいることを、殆どが認めていない。
これに関して一番敏感に反応する佐吉に至っては、興味対象と捉えず何も言わない。
自分が受けてきた視線とは違えど、あの幼女が無防備に浴びて正気でいられるとは思えまい。
この乱世の中、いつまで保てるやら・・・・・・。
***
「あ”の・・・。」
喉を潰したような声がかかり、一旦動きを止めた。
振り返ると案の定、あの幼子がいた。分厚い書を何冊か手に持っている。
「何用か。」
「『おーだにぎのぢゅけ』て人・・・どご、でしゅか?」
その言葉の中にある単語に、紀之介は目を細めた。
「ふむ・・・われに用とな?」
「こ、こえ”・・・もてげ、って・・・かんべが。」
「ほう、あの男の手伝いか・・・ではわれの部屋に来やれ。」
部屋は日の光を遮断しており、軍議などに必要な文など積まれているため窮屈さを感じる。
幼子は気にする様子もなく、障害物を避けながら大谷の後ろを追った。
「その辺でよい。ご苦労であった。」
「あ”い。」
ぺこりと頭を下げ、部屋を後にしようとした幼子がふと立ち止まった。
じっと、大きな瞳を向けてくる。
「どうした?われの顔におかしなものでもついてるか?」
「しょれ”・・・。」
幼子が指差すのは大谷の顔を覆う口布。
頭まですっぽりと収まる白い布はいつの間にか解けて垂れて下がっていた。
「うむ・・・これは気づかなかんだ。すまんが結いてくれぬか。」
「あ”い。」
幼子は後ろに回り、左右の端をつかんだ。
他人に背を預けるのは頂けないが、あの腕で首をとられるとは考えにくい。
・・・というより警戒するに値しないと言った方が正しい。
ここから見ることは出来ないが、頭を軽く締め付けられる感覚が来た。
「きづぐ、に”ゃい・・・?」
「ああ、ちょうどよい。もう行ってよいぞ。」
「あ”い!」
もう一度頭を下げてから幼子は去って行った。
それから暫く経ち、佐吉がやってきた。
「ここにいたのか・・・大事はないか?」
「ヒヒッ、われの身よりぬしが飯を食べたか気になるがな。」
「フン、余計な気遣いだ。それより半兵衛様がお呼びだ、行くぞ。」
「あい、わかった。」
重い腰を上げて部屋を出ると、何かに気づいた佐吉が呼び止めた。
「その結び目は蝶か・・・?」
そう指摘したのは後頭部に結んだ布の形。
実際どういう蝶の形をしているか見ることはできないが、佐吉の目にはそう映るようだ。
普段は自分で雑に結んでいた為、誰がやったかはすぐ理解した。
「ぬしがそれに見えるならそうであろう・・・気に障るならやめるが・・・。」
「いや、くだらんことを聞いたな・・・わすれろ。」
佐吉は真っ直ぐ突き進み、紀之介はやや遅れて後に続いた。
彼に何気ない言葉を投げられるのはそう滅多にない。
ただ、それだけなのに何か変わった気がした。
「あの幼子・・・いや、われの考えすぎか。」
意図を含んだ行為とは到底思えない。
そう改めると、子供は本当に厄介な生き物である。
けれど、何故か悪い気分にはなれなかった。
きっかけはほんの些細な事
2016/03/16