柴田勝家という男に、島左近は気にかけていた。
石田三成の部下となり輝かしい『今』を生きる自身とは反対に、
勝家は過ちを犯し顎で扱き使われている。
まるで昔の自分だ。
どんなに言葉をかけても頑なに振り払われてしまう。
何かいい考えはないのだろうか。
遠征から戻る途中、加賀の境を通り過ぎようとしていた左近はピンと何かを思い出して、
主君のいる城への帰路とは反対方向へ馬を走らせた。
「ん〜なるほど。それで俺のとこに来たってわけか。」
年に一度に行われる前田祭の準備に取り掛かっている加賀は慌ただしくも賑やかで、
今にも祭囃子が聞こえてきそうだ。
いつ見ても派手な恰好を身に纏う慶次は夢吉というペットの子猿を肩に乗せて首を捻った。
「俺がどうのこうも言っても聞いてくれねえし、何かこう・・・もっと親密な・・・
そう!勝家のダチが説得すれば立ち直れるんじゃないかって思うんスよ。」
「親密ねえ、親密・・・・・・あ。」
「えっ、何々?思い当たる人いるんスか!?」
「あ〜〜〜いるっちゃあいるんだけど俺の叔父の話を聞いたくらいでしか
分かんねえだけど・・・。」
「それだけで十分!聞かせて下さい!」
「おう。その叔父、利家っていうんだけどさ、以前までは織田にいたんだ。」
「聞いたことあるっス。あ、その思い当たる人って・・・・・・。」
「『元』織田の子だよ。これ本人に言ったら蹴られるって利に言われてるから内緒な?」
そいつ横暴だなあと思いつつ「うっす!」と頭を垂れた。
何でもその人物は突然織田の領内に現れ、気が付けばあの明智光秀と並ぶ程の武将へ昇格した。
その後、魔王の妹・お市の護衛として浅井へ移ったらしい。
お市・・・・・・そういえば前の戦で勝家とドンパチしてた陣に迷い込んだ際、
勝家、敏感に反応してたな・・・。
「浅井、ねえ・・・・・・慶次さん、ありがとう!」
「あ、一つ言い忘れてたけど彼女・・・・・・男に対してかなり怖いってさ。」
慶次(というより利家)の忠告を思い返しながら近江に入る左近。
あの織田信長が率いる軍なのだからそんな人物がいることに疑問はない。
(最初は『男』かと思い違いしてしまったが・・・)
同じ軍にいたのだから勝家とは顔見知りのはず。
小谷城が見えて来ると、一旦馬から降りた。
ここまで来たのはいいのだが、事前に面会の許可を得ない状態でどう切り出せばいいのか。
だが石田軍が切り込み隊長、島左近は考えるのをやめた。
「立ち止まってもしょうがねえ・・・・・・いざ、出たトコ勝負ッ!」
門前払いされるのが目に見えてるのに関わらず、ただ真っ直ぐ突っ走るだけであった。
***
「―――で、わざわざ浅井兵や忍らを蹴散らして来たってわけ・・・・・・。
お前の言う豊臣、大丈夫なのか?」
「へへ、豊臣には三成様や刑部さんがいるからそう簡単には潰れないって!」
「そういう意味じゃねえよ!お前みたいな奴がいて大丈夫かって話だよッ!」
文字通り、門を『突破』して来た左近は即兵に囲まれたが、
挨拶代わりと称して婆沙羅技まで披露し小谷城は大騒ぎ。
「何たる不義!悪!」と出て来るはずの城主は生憎留守のため、
流れ的に目的の人物が出て来たというわけである。
これ以上被害を出さない為にも一応部屋まで案内したのだが、
今でもこの調子な男に今にも蹴りが炸裂しそうだ。
「、怒らないで・・・落ち着いて・・・。」
「市、ごめん・・・。不覚にも君の前で怒鳴り散らしてしまった・・・怖かったかい?」
「ううん、いいの。長政様にはいつも怒られてるから・・・大丈夫・・・。」
「私が・・・・・・長政に似て来た、だと・・・!?」
お市の言葉に愕然とする女はわざとらしくよろめいて片手で顔を覆った。
それほど彼女にとってショックなのだろうが、「似ている。」とは決して言ってはいない。
左近の眼前にいる奇抜な頭の女こそ、当初の目的人物であった。
「あのー・・・、さん?本題入らせてもいいっスか?」
「わかった。市、すまないが少しの間コイツと二人にさせてくれないか?すぐに戻るから。」
「ええ、分かったわ・・・・・・市、いい子で待ってる。」
お市は一層寂しげな表情でを一見し、静かに部屋を後にした。
左近のことなど全く眼中にないようだった。
お市が去っていったのを見届けると、は座り直すと鋭い眼光を左近に放った。
「で、勝家についてとはどういう事だ?」
先程の間抜けた表情とは一変した同時に、部屋の空気が下がったのを感じた。
とても女とは思えない人睨みに、流石の左近ですらたじろいだ。
伊達に織田の兵をやっていない。いろんな戦場を潜り抜けた目だ。
「勝家は今、まるで人形のように生きてる。そんなの死んでいるのと同じ。
俺よりも一番勝家に近い奴なら―――!」
「私なら聞く耳持ってくれる・・・・・・と?」
胡座をかいてる上、腿に肘をつく姿はとても女からかけ離れた風貌であるは、
更に悪い顔になった。
「誰に話を聞いたのか大体検討はつく。確かに織田にはいたが、奴とは友人でも何でもない。」
「でも元同僚なんだろ!?話くらいさ・・・そ、その・・・よしみってやつで・・・。」
「島左近。」
ハッキリとした声で呼ばれてハッと顔を上げると、「・・・と言ったか。」
そう口にしてじっと左近を見た。
「お前は勝家の・・・何だ?友人か?」
「・・・・・・いいや。」
「だったら何故構う必要がある?よその領内に入り込んでまで乞う理由は何なんだ?」
「・・・あいつは昔どういう風だったか分からねえけど、『死んでもいい』って顔してやがる。
昔の俺みたいに・・・・・・。だからあいつに、未来を見せてやりてぇ。」
左近はに真っ直ぐ目を向けたまま、そう言った。
もう、昔の自分を見たくない。そういう風にも聞こえた。
最も、男のプライベートや過去など興味がないには関係ないことだが、
黙って左近の話に耳を傾けていたその表情は先程より幾分と優しかった。
「変なとこで甘っちょろい野郎だな、お前は・・・。」
「私が言葉かけて立ち直ってくれるなら最初から苦労するかよ・・・・・・。」
「ん?何か言いました・・・?」
「別に。お前も面倒な奴と巡り会ってしまったなって思っただけさ。」
「せいぜい頑張れ。」明らかに押し付けな言葉を投げると、
左近は「えーっ!?」と大袈裟に声を上げるのだった。
柴田勝家を立ち直らせ隊:仮
2014/10/11