*忍見習い〜と同じ幼女夢主 *痛い表現とかあるのでちょっと注意 世は戦国乱世。 富のある国は栄え、ある民は飢えに苦しんでいた。 戦続きであるが故、悪行を重ねる輩も現れる。 村がいつ燃やされても、いつ命を落としてもおかしくないこの時代に、 まだ五つでありながらも違和感(・・・)を抱き始めた。 そしてそれが確信へと繋がったのは、ある男との出会いだった。 絶望から始まる 彼女はどこにでもいる平凡な女子大生であった。 普通の家庭に生まれ、普通の大学へ進学した。 まだ成人を過ぎたばかりの彼女はこれからどうしようか将来について未だに答えを出せぬまま、 不慮の事故で二十一という短すぎる人生に幕を閉じた。 しかし、彼女の魂は意外な形で転生した。 現代ではなく、四百年以上も昔である戦国時代のとある庶民一家の娘として生まれた。 (当然、本人は知らない) 名前は『』と名付けられた。 違和感を抱いた幼い少女の脳裏に浮かんだのは、あるべき物の存在。 家庭には必要な家電が、水道が、電気がない。 身につけている服は着慣れない簡素な着物。何もない村。 自分を生んでくれた親にも次第によそよそしい素振りを見せるようになった。 育ててくれた肉親であるはずなのに、他人として見てしまう。 嗚呼、なんて親不孝な子供だろう。 食べ物が多く食べれないのに関わらず食事を作ってくれるというのに。 たくさん食べれないことに不満があるからそう思ってしまうのか。 止めよう・・・・・・自分はこうして食べていけるだけでも有難いんだ。 作物を育てる父や羽織作りが得意な母の手はもはやボロボロだが、 決して自分の前で暗い顔を晒すことなく頭を撫でてくれる。 温かい手に包まれるこの気持ちは違和感を抱く前からずっと変わらない。 またお花見できる日を待ち望みながら畑仕事の手伝いしていた肌寒い中、別の畑から声が聞こえた。 其方へ視線を向けると、武装した男達がこちらへ向かって刀を振り上げた。 *** 「これは酷い・・・・・・。」 「顔の半分が・・・幼気な女子になんてむごい・・・・・・。」 頭上で誰かが言葉を交わすのが聞こえた同時に、 布に覆われた口元から激痛が走り、思わず悲鳴をあげた。 カッと目を開くと、視界一面にこちらを見下ろす兵達がいた。 「大丈夫か?」「私達の声が聞こえるか?」と声をかけてくれる。 そうだ、強面の賊達に襲われて・・・・・・父は?母は!? 「おっおっ・・・・・・おとう゛・・・。」 「無理に喋るな。傷口が広がるぞ。」 「おい、医者はどうした。」 思うように喋ることができず、まともな言葉すら口に出せない。 微かに鼻に伝う鉄臭さや煙の臭いが一層少女の不安をあおらせた。 その状況の中、「どうした。」と威圧するような声がかかると、 周りの兵は一瞬体を強張らせて頭を垂れた。その前にいる巨体の男が声の主だろう。 子供どころか大人さえ怯んでしまうその人物を、はじっと見つめていた。 「ひ、秀吉様?何故貴方が此方に・・・?」 「状況を直接確認しに来ただけだ。不都合であるか?」 「と、とんでも御座いません!」 『秀吉』―――聞いた覚えのある名前を耳にして、改めてそう呼ばれた男を凝視した。 赤と黒の鎧に篭手。遠目に映った兵が持っている旗には豊臣の家紋があった。 瞬間、は目をカッと見開き、脳の奥に霞んでいた記憶が一気に覚醒した。 そうだ・・・・・・私は大学を出て、それからバイトへ向かおうとして、トラックに・・・・・・。 背中に当たる視線が煩わしいと思ったのか、秀吉は顔だけそちらに向けた。 敷いた藁の上に横たわり、血で滲んだ口布を巻かれている幼女。 身のこなしからしてこの村の住人に違いない。 「その娘はどうした。」 「はっ、作物の上に倒れていたのを発見し、応急処置を施しました。」 「・・・・・・他の生存者は?」 「いえ・・・この女子、一人のみです。」 その言葉を聞いて、は愕然とした。 後から賊は殲滅したと言葉が続いたが、今の彼女の耳には届いていなかった。 父と母が死んだ。他の皆も殺された・・・・・・。 まだ何も返せていないのに・・・・・・嗚呼、どうしてこんなことに! 「すぐ医者に診てもらえ」 「直ちに。」 その場を後にしようとした秀吉だが、足が何かに引っかかって停止した。 否、正確には足首を捕まれたのだ。 視線を落とすと、さっきまで横たわっていた幼女が足をガッチリ掴んで放さんとしていた。 周りが震える声で「なんてことを・・・。」「手を放すんだ!」と 言いながら引き離そうとしたが、秀吉はそれを制した。 皆が何故と呟く中、秀吉は再び視線を少女に向けた。 対話もなく、ただお互いに顔を合わせた。 が何か言おうとしたところで、糸がプツンと切れたかのように気を失った。 口元しか負傷していないが、表情は病人のように憔悴しきっていた。 静かに見下ろしていた秀吉は多くの敵を薙ぎ払ってきた巨大な手で、 その幼女を壊れ物を扱うように優しく抱き上げた。 足軽らは固唾を呑んで、覇王とはかけ離れた姿の豊臣秀吉を眺めた。 「早急に我が城へ運べ。」 「は・・・ははーっ!」 *** 豊臣が治める領地には兵でもあまり目の届かない森付近に小さな村がある。 数時間前に山賊が現れたと報告を受けた半兵衛は適格な判断で兵を賊退治へ向かわせた。 数は多かったものの、所詮豊臣の敵ではない。しかし、村の一つが壊滅してしまったのが痛い。 民からの信頼は失うことは豊臣の支持率が下がるということ。 見回りの強化を強く言わなくては・・・・・・。 今回得たものといえば襲撃された村の生き残りの少女。 あの秀吉が直々下した命で保護することになったのだが、何故だが引っかかる。 わざわざこの城内に身を置かなくても、それ(・・)はできたはずだ。 友を疑うつもりではないが、直接本人に話を訊きたい。 思い立ったら吉日。半兵衛は今後の課題を脳裏に刻み付けるとすぐ親友の元へ向かった。 *** 嵐でいつ大破してもおかしくない木造の家から、 しっかりとした柱と高貴さを感じる城のある一部の部屋に彼女はいた。 城自体巨大であったが、重要な客人でもない自分に用意された部屋もとてつもない広さであった。 ぽつんと座り込む少女の後ろ姿には何とも言えない寂しげな空気が漂っていた。 まさかあの有名な豊臣秀吉に保護されるとは・・・・・・一体誰が想像できようか。 豊臣秀吉が健在すると分かった同時に、今は戦国時代であることを思い知らされた。 前世の記憶を持ったまま転生するということにも驚いたが、 こんなにも早く偉人に出会えた事実にただ息を漏らした。 手当てだけでなく、有難くも綺麗な着物までもらった。 今は衣食住に支障はないが、これからどうするべきか。 まだ成人すらしていない自分が出来ることは一体何なのだろう・・・? 女中が運んで来てくれた食事をしながら考えよう。 箸を持っておかずを口に入れた途端、思わず箸を落としてしまった。 「っ・・・!ぐぅうっ・・・・・・!」 言葉にならない苦痛の声が、口元を押さえる両手の隙間から漏れていた。 芋にしみ込んでいた汁が両手から流れて畳を汚していく。 痛い、しみる・・・!そうハッキリと認識するまで数分も経っていた。 まさか口内にまで行きわたるほど傷が深いとは・・・・・・。 もう一度口に入れるが痛みが走るばかりで、結局食事を止めざるをえなかった。 次の日、更にその次の日も朝昼晩、ある程度の大きさ呑み込むことしかできず、 お腹を満たすことはなかった。(女中さん達には罪悪感しかない) 5日が過ぎようとする中、どんどん痩せこけていく幼女にようやく異変に気付いた女中らは、 早急に医者を呼び出した。 「この傷が完治するまで数年はかかる・・・。  咀嚼するのも困難であるなら栄養剤を呑ませるしかない。」 子供なら誰しも嫌がる苦い薬をは嫌がる様子もなく、 喉に流し入れられる際に痺れる痛みに耐えると涙を滲ませた。 しかし空腹であることは変わらず、気付けば布団の上で横になっていた。 決められた薬。僅かしか食べれない料理。 この時代に転生する以前まで、いつも食べられるのが当たり前だった日常。 今やその正反対。部屋を出入りする女中を食べ物(・・・)と見てしまった自分は最早人ではなかった。 まともに食べれるようになる日に至る前に餓死になるのは確実だった。 こんな思いをするくらいならいっそ楽になりたい・・・。 以前夕餉で運ばれて来た際に誤って落ちた箸の片方を畳の隙間から取り出し、 ゆっくりと喉の前に突き出す。 まさか二度目の死に方が自殺とは・・・・・・皮肉な話だ。 二度目の人生はとても短すぎたが次に期待しよう。 息を深く吐くと、手に力を込めたと同時に襖が開かれた。 その音にハッと我に返り、誰、と言う前にそちらへ振り向くと、 仮面をつけた銀髪の青年が立っていた。 見たことがない顔だ。一瞬、女性かと思うくらい綺麗な顔立ちをしている。 彼はこの光景に一時固まったが、すぐに我に戻り持っていた箸を投げられ、頬を軽く叩かれた。 後からじんじんと熱くなって痛みがやって来た。 「一体何の真似だい・・・?何故自ら命を絶とうとする?」 整った顔が怒りで僅かに歪み、声も震えていた。 疑問を持たれるのは当然だ。 は目を逸らして言葉を区切りつつ声を発した。 自害の理由を答えると、青年は怪訝な表情を浮かべた。 「・・・・・・それで易々と命を投げようというのか。  君には十分な時間があるというのに・・・!」 彼と直接会うのは今日が初めてだというのに何故そんな顔ができるのか理解できなかった。 ここには彼女の身内どころか友人と呼べる者もいない。 は頬の痛みも空腹も忘れて目の前にいる青年を見た。 「こんな時代だ・・・病に伏せ幼くして命を落とす人間は珍しくはない。  けれど、君は違う。限られている僕以上に、時間を持っている・・・・・・。」 意味深な言葉に思わず「え゛・・・。」間の抜けた声を漏らしてしまう。 マズイ話だったのか、青年は軽く咳払いした。 「秀吉に救われた命なんだ。勝手に死なれたら此方も気分が悪くなる・・・・・・。  その食欲に縋るなら、強くなるんだ。どの道君はそう(・・)ならなくては生き残れない。  新しい村に居候するか、ここで力をつけて豊臣の要となるか・・・・・・  よく考えて決めるんだ。」 それはまさに天国と地獄を決める大きな選択だった。 そもそも何故、この小さな少女にそんな難度な質問を問いかけたのか。 今のなら理解出来ることを彼は知らない。 この状況において、はそんな微塵に疑問を感じることもなく、 ただ目の前にいる男を見据えた。 「うち゛、を・・・こごに゛・・・・・・置かせで下しゃい゛・・・。」 *** 静まり返る夜の大阪城。 絶景ともいえるこの城下町を始めとする自分の治める領地を見渡すことができる 最上階に立つのはその主である覇王、豊臣秀吉。無言で何処か遠くに視線を向けたまま後ろに声をかけた。 「・・・・・・半兵衛か。」 「君が言ってたあの少女・・・・・・本当に農民の子かい?  あの物言いといい、とても五つ程の子にしちゃ賢すぎる。」 「あの村に確かにその幼子はいた。ほんの一握りすれば脆くなる柔い身体だった。  何者であるかなど要らぬ愚問。ただ我を前に、恐怖の目の色をしていなかっただけの事。」 確かにそれは滅多に聞かないことだ。 けれどそれはまだ子供であるからじゃないのかと口にしたが、 返って来たのは意外な言葉だった。 「肉親が焼かれ、村落し変わり果てたあの惨状の中で、あの幼子は何を見たか・・・・・・。  生きる希望を手放したはずの人間が我に手を伸ばすか?」 親友である秀吉の言葉に、半兵衛は沈黙で返した。 先程まで対話していたの顔を思い返す。 決断を迫られ、此方を見て言葉を発した少女の目には光が差し込んでいた。 何だか厄介なものを招いてしまった気分であると、ゆっくり息を吐いた。 「さっき豊臣の新たな兵力となる為に身を置くことを決めたよ。  それで構わないかな?秀吉。」 「うむ。あの者の世話はお前に任せる。」 「やれやれ・・・・・・僕はそんな役になった覚えはないんだけどね。」 この同時刻、階は違えど、互いに見えていた夜空の向こうには、 星々が輝いていた光は(大袈裟だが)のこれからの未来を象徴するかのようなものだった。 2014/10/19