*忍見習い〜と同じ幼女夢主 豊臣には数十人―――否、正確な数まで把握できていないが、『木陰』と呼ばれる忍者集団がいる。 誰が名付け、そう呼ばれたのかは定かではないが、豊臣軍が形づいた頃には既に存在してた。 『木陰』には忍頭がおり、その下につく忍に指示を出すのが主な仕事だが、 大きな仕事となると己もその場に出陣する・・・・・・が、 「目だけで見るな。全身に・・・・・・そう、目が幾つもあるように感じ取れ。  敵を眼前にあると思うな。」 「あ"い・・・!」 部下の報告待ちとはいえ、こんな子供に忍術を叩き込めなど、我らが軍師は何を考えているのか。 『その子を一人前の忍として教育してほしい。』 まだ五つしかない幼子をぽんと突き出され、思わず硬直してしまったのを未だ忘れない。 忍として三十年以上やってきたが、こんな役を任されたのは初めてだ。 まだ幼いという壁にぶつかって何度(無理難題を押し付けて来たのは主だが)苛立ちを覚えたことか。 「・・・ふっ。」 今と比べれば、の動きは大分良くなってきている。 まだまだ動きに幼稚な部分が残っているが、その小さな体を生かして活動すれば補える。 殺気にもすぐ察知するようになった。 「(後は攻撃と、精神面・・・ってところか)」 この特訓がいかに優しかったか身に思い知るだろうと、的に狙いを定める小さな背中を見つめた。 *** 陽が沈み、風が冷たくなる外をよそに、戻って来た忍が一か所に集まっていた。 その中に混じって待機すると、前には忍頭が立っている。 「、今日からお前にも任務に参加してもらう。今回は偵察だが、決して甘く考えるな。  敵地に忍び込み、様子を窺う。後は脱出、城まで到達するだけだ。」 「・・・頭、偵察、目的とは・・・?」 問われると思っていなかったのか、皆は呆気に取られた目でを見た。 何を言っておるのだ、この娘は。そう捉えられる。 ただ一人、忍頭だけ変わらぬ表情で質問に答えた。 「武田と上杉がぶつかり合ってるのを知っているな・・・?  戦いが長引いている一方で、武田信玄が病に伏せたという噂が立っている。」 まさか、あの甲斐の虎が?皆口には出さないが、空気がざわつくのを肌で感じた。 「誤報である可能性が高いが、戦神も所詮は人。  事実か否か証明すれば豊臣がどう動くか・・・・・・良ければいい方向に運ぶだろう。」 豊臣の総大将は秀吉であるが、軍略は主に指揮を務めるのは半兵衛だ。 自分が情報を掴めば、状況に合わせて思うように策を立てられる。 彼の力になれると思うと尚更頑張らないと・・・! 闇に染まりきらない忍見習いは少女のように心を弾ませた。 *** 上田城に忍び込び、仲間が情報を手に入れれば後は脱出だが、そう容易くいかなかった。 忍の動きをちゃんと物にして体にしみ込ませ、皆の足を引っ張らないよう周囲に気を配った。 しかし、どんなに気配を消しても、それでも気付かれるという現実。 まるで化物だと、そんな忍が存在する。 「見たところ豊臣の忍か・・・・・・俺様も嘗められてるねー。」 軽い口調で言いながら自身の武器であろう大型手裏剣を上下に回す一人の忍。 この暗い外で普通の人間なら見えないが、手裏剣を弄ぶ茶髪の男はから見て、 外国の軍隊を思わせるような恰好だった。(そんな悠長なこと考えてる場合じゃないのに) 「まあ、ここまで来れたことは褒めてやるよ。」 からっとした明るい口ぶりだが、そんな彼の足の下には仲間が蹲っている。 の前に現れたのも一瞬で、 自分よりも先輩で、経験のある仲間を素早く一蹴したんだとしたらやばい。 俗に言う一流の忍だ。初仕事でいきなりこんな強敵はないんじゃないか? 「・・・・・・目が震えてるよ。その様子じゃ初仕事ってことか。」 ああ、バレてる・・・・・・。 「あのさ、俺様、敵さんの忍に稽古つけるために見回りしてる訳じゃないんだよ。  暇じゃないのよ。分かる?お嬢ちゃん(・・・・・)。」 口に出さずとも、差は歴然だと理解している。 相手はわざと挑発的な態度をとっているのも、絶対な自信を持っているからだ。 殺気すら当てて来ない。倒す価値もない。悔しくない訳がなかった。 「しっかし、豊臣は何考えてんだか・・・・・・こんな小さい子供を使うなんてさ。」 男がぼやいてるのをよそに、の目線は地に伏せている仲間に向けていた。 何とか救うことができないか。 は腰に隠してた苦無を右手に持たせ、片足を一歩前に出した瞬間、 別の苦無が足元に突き刺さった。投げた張本人はすぐ後方に、彼女がよく知る人物。 ―――忍頭だ。 「何をしている。退くぞ。」 「う・・・で、でも、」 「ああ、いいよ。こいつも連れてさ。こっちで処理するのも面倒だからね。」 そう言うなり、男は伏せる仲間から離れて此方に背を向けた。 警戒が解かれていないのに敵に背を向けるのはそうそうない。 あっさりと応じる茶髪の男を不思議に思いつつ、 話を聞けばいい人なんじゃないかとは考える。 忍頭は無言で仲間を米俵のように肩に抱えると、行くぞと顎で言った。 塀に飛び乗ると、はちらりと後ろを見て、小さく会釈した。 *** 城から少し離れて人気のない場所でただ、 ひたすらに的に向かって手裏剣を投げるの姿があった。 忍以外、誰も近寄ろうとしないのも含め、手裏剣を投げる腕が止まることはない。 しかし、それは遠方からの(・・・・・)来訪者によって阻まれる。 「随分励んでるね〜。」 ここでは絶対聞くことはない声が頭上から飛んで来た。 我に返って見上げると、木の枝に腰掛けるあの忍がいた。 (あの晩の後、あの猿飛佐助だと知った時はとても驚いた) 「武田・・・の。」 「へえ、覚えてたんだ。ちょっと嬉しいね。」 俺様の顔知ってるのは生きてる人間だけだから、と物騒な言葉を吐いて地面に降り立った。 武田は豊臣と同盟を組んではいない。ましてや面会の許可も聞いてない。 彼からすれば此処は敵地の中。なのに堂々と真昼間から姿を現している。 「おーい、俺様敵だってこと忘れてない?普通だったら警戒しない?」 やっぱり敵なんだ・・・・・・。 何故かちょっぴり残念がる自分が心の隅にいるのを疑問に思いつつ、 は今になって男から距離をとった。 「修業してまだ間もない・・・・・・いや、まだ修業中ってとこか。」 「・・・。」 「あの晩、君のとこの頭に何か言われてなかった?どうしてすぐに退かなかったとか。」 「・・・・・・なん、で、」 「考えてごらん?敵地で誰か躓くと誰か寄って来るだろ?  助ける手段は場合によって身の危険を晒す諸刃の剣だ。  此間、君がしようとしていたのがそれ。」 「でも、うちは・・・・・・。」 「あんたはそのつもりないんだろうけどさ、全滅してしまえば全部無意味になるのよ。  忍が情持っていたら、きりがないでしょ?そういう奴が一番向いてないんだよ。  さっきだって、俺様が声かけるまで気付かなかっただろ?」 この男が言ってることは正しい。だからこそ、反論なんて出来なかった。 誰かがしくじったとか、良い結果を残したとか、そういう問題ではない。 仲間のよそよそしい態度も、自分は忍にはなりきれないと悟っていたから・・・・・・。 「あの様子じゃ大した情報得た訳じゃないと分かったから、君の勇気に免じて帰したんだ。  もう次はないけどね。」 「じゃ・・・・・・何故、ここに゛?」 「ん?ただの偵察だよ。大将が様子見て来いって。」 と言っても君には関係なかったね。悪びれた様子もない声でそう返した。 「一生懸命なのはいいけどさ、お嬢ちゃんにはもっと別の生き方があると思うのよ。  ここの連中に何言われたか知らないけど、今の内に降りるべきだ。それじゃあね。」 最後に言った台詞が何処となく冷たい。 農民、それも五つの子供であることに奇怪な目で見られるのは慣れている。 心のない言葉も沢山浴びてきた。自分は大人だからと、しっかりしなくてはと言い聞かせて。 ぽつんと立ち尽くすの手に、未だ投げられずにいる手裏剣が小刻みに震えていた。 空想と現実を隔てる 2015/01/19