ぶつかり合う刃物。むせるような何かを焼く臭い。飛び散る血痕。
斬られ、爆薬で吹き飛んだ者の呻き声は、
戦意を燃やす兵達の雄叫びによってかき消される。
最早、虫の息である兵の訴えは、誰かの耳に届くことはなかった。
今、少女の目の前に繰り広げられている光景がそれだ。
「(これが、戦・・・・・・!)」
転生される以前、授業では文面と絵でしか伝えられなかった戦の実態。
救えるはずの人間を放置するという、現代では到底考えられない。
山賊に襲われたあの惨状よりも、もっと残酷だった。
私は・・・この状況を慣れなければならないの・・・・・・?
がそう考える余裕すら与えようとしないのが現実。
正面から鈍い音がして顔を上げれば、仲間の一人が敵の忍を一突きしていた。
「ぼさっとするな。」
一言だけ残して、すぐに姿を消した。そして、自分がこの戦ですべきことを思い出す。
自分も行動しなければ・・・・・・。
地獄で見出した答え
相手の首をとれば戦は終わる―――敵に隙を見せるな―――体力を温存しろ―――。
言われてきた言葉を脳裏に浮かべては、敵兵を蹴散らす。
指揮をとる敵将も倒せば、次の敵を見つける。
今回、総大将を務める左近は本陣でじっとする性格ではないので、
いつも通り先陣を切って、敵本陣へ堂々と姿を現した。
「石田軍が切り込み隊長、島左近!・・・いざ、勝負!」
軽い身のこなしで敵兵を一掃する彼だが、相手も一歩を譲らない。
は彼らの戦いに割り込もうとする者を倒した。
血のにじむ特訓に比べれば、今はまだ良い方だ。
そして、こちら側の兵が高らかに勝利を宣言した。
ホッと安堵するのも束の間、一瞬殺気を察知する。
その場に倒れていた敵兵がゆらりと立ち上がって、左近の背後に刃を向けた。
は跳び上がってその兵の首に忍者刀を振り落とした。
相手の生気がみるみる内に消えていく一方で、は腹部からの違和感を覚えた。
ゆっくりと視線を下に向ける。自分の鎧ごと、刀が突き刺さっていた。
身体に埋まる刃が栓になっているからか、血が噴き出していない。
うわ、これ・・・嫌な予感がする・・・・・・。
気を緩んだ途端、の体は力なく地面の上へ落ちた。
意識はあるのに指一本も動かない。
左近が切羽詰まった顔で呼びかけてくるが、応答する前に視界は暗転した。
***
身体が重い。それと、だるさが加わって起きる気になれない。
うう、と低く唸った。
すると、額に冷たい何かが載せられ、頭を撫でられた。
まるで、壊れ物を扱うように優しく、とても温かい。
それが心地よくて、もう少しこのままでいたいと薄く開けた瞼を下ろした。
―――そこでフッと目が覚めた。
「・・・・・・あえ?」
見慣れた天井。薬の匂いが鼻をツンと刺激する。
腕を伸ばしたり、足をぶらぶらと左右に動かす。
身体を起こそうとするも力が入らなかった。すると、足音が二つ此方に向かって来た。
どちらも知っている気配で、あまり顔を合わせないのもあり、
この組み合わせは珍しかった。
「あっ!?お前さん、やっと気が付いたのか!・・・ってまだ起きちゃいかんだろ!」
「〜〜〜っ!よかったぁ・・・あんたが逝っちまったら流石に、
三成様たちに顔向けできないからな・・・。」
すぐに布団の上に戻され、やや涙目の左近に飛びつかれた。
「おい!まだ傷は癒えてないんだからその辺にしておけ。」と官兵衛が指摘した。
よく見ると、自分の腹部の周りに替えたばかりであろう包帯で巻かれていた。
「ごめんな、。痛むか?」
「う"うん、だい、じょぶ。」
そういえば戦はどうなったんだと訊くと、官兵衛は盛大に溜息ついた。
「全くお前さんは・・・少しは自分の体を心配しろ・・・。戦は終わった。
その後に敵さんとお前さんがぶっ倒れたがな。道連れする気だったんだろ。」
「悪あがきするなんて思ってなかったけどさ、
も覚悟の上とはいえ、その・・・・・・うん、ごめんな!いや、ほんとまじで!」
は今の状況にぽかんと固まっていた。
役に立たなければ見捨てられる―――
早く皆と並べるくらい強くなりたいと心中突っ走っていた。
その焦りと一瞬の緩みが、この結果となってしまった。
忍集団からも距離を置かれていた己の立場からしてからして、
黒田官兵衛や島左近といった武将らが見舞いに来るなんてないはず・・・・・・。
気付けば、頬からつーっと何かが伝った。
「ああっ、どうした!やっぱ痛む!?薬師呼ぼうか!?」
「う"ぅん、ちぎゃう、よ・・・・・・。」
何度も目元を擦っても涙が溢れてしまう。
狼狽える左近をよそに、悟った官兵衛はの頭を撫ぜた。
夢の中で頭を撫でてくれた人物よりも力強く優しい手付きだった。
***
今の武田には石田軍と同盟を結ぶべきと寝静まった夜、部下と共に大阪城に忍び込んだ。
否、正確には三成の補佐以外というべきか。
大谷吉継はこちらを一見してふむ、と唸る。
瀬戸内で潜伏した時も、心の内を覗き込むような目つきだった。
「ぬしによくしてもらった礼だ。茶会の前に風の子にも遊ばせてやろ。」
「礼?おたくに感謝されるようなこと・・・した覚えないんだけど?」
ふと、佐助が素早くその場から大きく身を引いた。
彼の気を引くのは大谷ではなく、突如現れた旋風から姿を現した『忍』にだ。
その忍は佐助を一目見て、ぺこりと頭を下げた。
思わず、はっ?と間の抜けた表情を浮かべた。
「ヒヒッ、こやつは三成以上に少々変わっておる。
これは風の子なりの礼儀よ。」
「・・・まさか・・・。」
我を忘れて口から言葉を漏らした。
一瞬誰か分からなかったがこの気配に、この顔に覚えがある―――。
「あの節ではお世話になっております。
自分では役不足でしょうが、言葉通り敵として、貴方達の力量を見極めさせて頂く。」
最後に会ったのは豊臣の偵察以来、だろうか。
あんたに忍は向いていない、農民に戻れとあれほど忠告したのに・・・
脆弱な人間がこの道に入れば破滅しかないとすっぱくして言ったのに・・・・・・
俺様のような人間になってほしくないのに―――!!!
「随分と嘗めた口が利けるようになったんじゃない・・・?」
感情を押し殺すも、にたりと笑む大谷には見えていた。
「そう震えるな。ぬしが厳しさを説いたおかげで忍頭まで昇りつめた。
いやはや、子の成長ぶりにはまいった、マイッタ。」
「・・・っ!」
気が付けば、がすぐ横に移動していた。
腐っても忍な自分が簡単に隙を与えてしまうとは・・・内心舌打ちするも、
俯きがちな彼女が突然ぼそりと呟いた。
「貴方のような忍にはなれきれない・・・
けど、うちなりのやり方で皆を守ってみせる―――。」
盗み見たの瞳には、確かに覚悟があった。
くそっ、と愚痴りながらも佐助の手には大型手裏剣を構えていた。
金属同士がぶつかり合い、距離をあけて改めて相手を見た。
真っ直ぐこちらを見る目は熱血を取り戻した大将と同じものだった。
嫌いじゃないから、部が悪すぎる。
「そっちがそういう気なら―――手加減しないぜ!」
暫くして、石田側から同盟を求め、武田は新たに強化を高めた。
それを機に、『木陰』と『真田十勇士』が手を組み、
共に行動する姿を見るようになったのを誰も知らない。
(同盟を組むかもしれない相手にあんな言い方することなかったのに・・・)
(なに、それに値するか見極めるだけのことよ。どの道よい方に転がった)
(・・・ほんとにいい性格してるよ。徳川の間者だなんて)
(そうでも言わねば飛び起きまい)
(!家康の刺客に侵入を許すなど・・・貴様は何をしていたんだッ!)
(・・・・・・まだ言ってないの?)
(泳がせるのもたまには、な、ヒヒヒッ)
2016/02/11