*まだ幸村に武田軍の指揮を任されていない頃
*『柴田勝家〜』と同じ夢主
*佐助とばっちり(本当にごめなさい)
瓦屋根の上で空を見上げる。
あー今日もいい天気だと忍らしからぬ呑気な呟き。
忍んでいない時点でそれはどうなんだと言いたいところだが、
今この場にそれを突っ込む者はいない。
鳥のさえずりまで聞こえて平和だなあと頬杖をつくと、大きくため息ついた。
「・・・何だ。」
「はっ、武田道場より挑戦者が現れました。」
音もなく背後で膝をつく部下からの報告を聞いて、
「最近、新しい挑戦者が来ないのぉ・・・。」と上司の上司が呟いていたのを思い出す。
「新参者か・・・別に俺様に報告することじゃないだろ。」
「いえ、それが―――・・・。」
部下の声が珍しく困惑していた。
***
「さぁああるとぉおおびぃいい!
さぁああすぅううけぇええ!」
暑苦しくも若い上司の如く自分の名を叫ぶ一人の女。
顔立ちからして幸村と同年代のように見える。
奇抜な頭や奇抜な格好よりも、次々と兵士たちを殴り、蹴り倒す猛攻な姿に面を食らった。
忍に苦労は尽きないのが性。(佐助の場合、身内云々の方が大きい)
だが、あの女に恨みを抱かれる覚えがない上、初めて見る顔だ。
あの怒り様を見ていると、自然と井伊直虎を思い出し、余計に顔を出すのが億劫になる。
「(な〜んで俺様の周りは暑苦しいんですかねえ・・・早く帰ってくんないかなあ・・・・・・)」
「お前が猿飛佐助か!?」
「(げっ)」
道場の天井の足場から視線を下ろすと、
伸びている武田軍の中に此方を睨む女が真っ直ぐ立っていた。
あの人数に対して無傷である。
「私はお前に用がある・・・降りてこい!」
そう言われてもねえ・・・・・・。
動かなければ相手もその場から移動しない。
無理強いでも部下に押し付けようと振り返ったが、
いつも二、三歩空けて指示を待つ姿がない。
気配を探れば、部下はいつもの姿勢で待機していた。
此方との距離を大幅に置いて。
「あちらは長を指名しております。ここは素直が賢明かと。」
ひくり、と頬が引きつった。
***
「えっと・・・俺が本人だけど、何か用?」
こうなったら穏便に手早く済ませようと決意を胸に道場に降り立ったが、
女はじろりと目を鋭くした。
「浅井のとこにコソコソやってたのはお前か?」
浅井ー数日前に忍んで偵察していたのを思い出す。
ということは浅井の者だろうか。
「浅井にあんたみたいな人、見たことないんだけど。」
「そうだろうよ・・・あの時は尾張の方へ遣いに行ったからな。
知らないのも同然だ。」
佐助は一瞬、あれ?っと内心首を傾げた。
先程までの怒りはどこへ行ったのか、彼女の口調は落ち着いている。
「ちゃんと覚えているようで何よりだ。
ならーお前が吐いた言葉も当然覚えているよな?」
言葉の後者から突然、一気に重圧感がのし掛かった。
此方を向ける瞳が怒りで更に爛々と揺らめいた。
「・・・あんたに対する愚痴ならまだ言っちゃあいないぜ。」
「愚痴る気満々かよ・・・けど私が訊いてるのはそこじゃない!
テメェが!市への侮辱を覚えてるのかだッ!」
市・・・浅井とくればあの魔王の妹しかいない。そして侮辱・・・・・・。
放たれた言葉を紡ぐように脳裏を巡らせば、すんなりとその記憶を引き出した。
「・・・まあ、あんたからすれば侮辱に聞こえるかもね。」
また圧が強くなる。もう穏便では済まなくなったのは確実であった。
「お前は一体・・・どういう意図を持ってああ言った!?」
風を切る音がしたと思った同時に、素早く身を後方へ反らした。
女の放った拳からビリビリと、不本意にも体が震えた。
それだけでは止まらず、女は何度も殴りかかった。
・・・ていうか殴る前提なの!?
「意図なんてないよ。俺様は思ったことをそのまま言っただけさ。」
「ほーう?お前は今まで交流もない人間にそうやって言ってきたのか。
市がどういう思いをしてきたか知らないくせによ!」
力任せとは思えない拳の重さ。
お館様ほどではないが、当たったら痣だけでは済まないかもしれない。
「佐助ぇ!おぬしの勇姿、見届けてやるぞ!」
「お館様と共に応援してるぞ佐助ー!」
「いやいやいや!止めてよ大将たち!」
騒ぎを聞き付けた二人の上司が完全な傍観状況に思わず噛みついた。
「っ・・・じゃあ訊くけど!あんたはその子のために何かしてやったわけ!?」
武器を盾に防御する自分が情けないとばりにたまらず声を上げた。
そこで女はぴたりと動きを止めた。
「だから・・・何もしてやれない自分が腹立ってしょうがないんだよッ!!」
拳が床に突き当たった。この女の力なら、そのまま穴ができるはずであろうに。
ここで初めて彼女が悲痛な表情を浮かべた。
同情するのは仕事に入っていないのだが、さてどうしたものか・・・・・・。
「―――ッ!!!」
慌ただしく入って来たのはまさかの浅井当主。
何故と思うよりも安堵の方が大きかった。
ああ、これなら話が解決すると思いきや―――・・・
「長政ぁ・・・!何でお前がここにいるんだ!城は!?」
「貴様が単独で甲斐へ行くと聞いて追ってきた。
まさか道場に用があったとは・・・何故言わなかった?」
「それはこっちのセリフだクソ坊ちゃん!
戦は仕方ないとはいえども、
城主がのこのこと妻を置いて留守にする奴がいるかーッ!」
「いつにも増して口が悪いな!
市がお前がいないと心配していた故、私が代わりに―――」
「っ・・・うるせえッ!市を一人にさせた時点でダメなんだよお前はッ!」
「(早く終わらないかなー・・・)」
一番声を上げているあんたがうるさいよ、と口には出さず、ぐっと耐えた。
「こんな世の中だ。ずっと同じ時間が流れる保証はない。
どんなに忙しくても妻と一緒にいてやれ。
市はお前の側にいることで心が安らぐんだよ・・・。」
「む・・・そ、そうか・・・そうだな。貴様の助言、ありがたく受け取ろう。」
「ありがたくじゃねえよ、何度も言わせんな。早く帰れ。」
「ぐあっ!」
げしっと容赦ない蹴りが長政の腰に命中した。
完全に油断しきっていた彼は受け身を取れず、床にぶつかった。
一応、迎えに来た者に対するこの扱いはかなりあんまりではないか。
「誤解されるようですがあちらの女人・殿は姫様が嫁ぐ前から付き添っておいでです。
人見知りで荒んでいた彼女を今の姿に変えたのが姫様であり、
殿のおかげで姫様の沈んでいた心は和らぎ、
後ろ向きな姿勢は以前よりも減ったのでございます。
それを長政様は全て存じております。」
長政の側で付き添っていた浅井家臣がぼそりと伝えた。
佐助はただ、二人を見るだけだった。
「私のことはいいからとっとと戻れ。
道中、花でもいいから何か土産でも用意しろ。市の話もちゃんと聞けよ。
くれぐれも話の最中にマリアの話題を出すのは避けろよな!?」
「わ、わかったわかった!一々背中を押すな!何があったかは深くは聞かん。
その代わり、必ず小谷城に戻れ、いいな?」
「当たり前だ。」
ほぼ無理やり追い返すような形だが、長政はこれといった反論もなく帰還した。
彼が素直に話を聞くのは珍しいことである。
佐助の後ろに控えていた浅井家臣も続いてその場から去っていった。
再び静まり返る道場内で佐助が口を開いた。
「・・・で、続きやるの?」
女は力なく首を振り、口を開く。
「これだけは教えてくれ。お前が市に言ったこと・・・悪意あってのことか?」
そう言って、佐助は彼女の目を見た。
その瞳の中に、怒り任せに暴れ回った女の像はなかった。
「言ったろ、本当のことだって。それに、過去の発言を撤回しようとも思わない。」
「・・・そうか。」
静かに口を閉じた瞬間、パンッとかわいた音がした。叩かれた頬に熱が溜まる。
「私の勝手だが、お市の分・・・叩き込ませてやった。さあ、次はお前がやる番だ。」
「は、ちょ・・・ちょっと待った!」
一思いにやれと両手を広げた女に呆気に取られそうになるも、すぐに制止をかけた。
「なんだよ、私はお前に手を出したんだ。ならお前も手をあげるのが平等だろ。」
「いや、そういう問題じゃなくて・・・・・・。」
これが笑える状況であれば、此方の了承を得ずに実行した時点でどうなんだと
突っ込みたいところだ。
「知人を悪く言われたのが許せず、ここまで来たんでしょ?
別に殴ってほしいってわけじゃないけどさ・・・・・・
あんたはそれだけじゃ気が済まないでしょ?」
「まあな。だけど冷静になって、お前以外の他家の者に迷惑かけてしまった・・・
個人の私怨で浅井に悪影響を及ぼすわけにはいかない。それに・・・。」
女は改めて、佐助を見た。
「もし、くだらない言いがかりや嘘をついていたら・・・・・・
とっくにボコボコにしてたぜ。」
「・・・・・・。」
「もうしてしまったことには変わりない。あんたの主に謝らせてくれないか。」
「あー・・・その必要は・・・。」
「ないぞッ!!」
浅井長政が去っても沈黙を守っていた甲斐の虎が腰を上げた。
ここで初めては二人の存在に気づいた。
「そなたらの話を止めては悪いのではな・・・勝手ではあるが全て聞かせてもらった!
おぬしの気が済むまで、この武田道場に通うがよい!」
「ちょっと・・・大将!?」
「失礼だが…感情的だったとはいえ、私はこの忍を殴り、この道場を穢した。
何故そんなことが言える?」
「お、お館様になんて口を・・・!」
「やめよ、幸村。」
すかさず反応した幸村だが、信玄の一言ですぐに低姿勢に戻った。
「不甲斐ない弟子がすまぬ。
しかし佐助と互角に渡り合える・・・そのような者が浅井にいたとはな。」
「大した活躍してないからな。正義正義と騒ぐ奴が中心にいるのだから霞むんだろう。」
本当にこの子、浅井の人間なんだろうか・・・・・・。
しかし、咄嗟に盾にした手裏剣は異様な形で凹んでいる事実。
佐助は遠い目をしながら改めて思った。
「今日まで武田道場に各々異なる心意気で来る者を見てきた。
おぬしのように怒りを背負ってくる者は珍しくない。
だが・・・他人を思い、時には感情を抑える…武士であれば当然のことじゃ。」
「・・・話が見えないんだが・・・。」
「いくら腕がたとうが、熱き心なければ武士ではない。
ここは強者が集い、極める場!言葉ではなく拳で語る!
おぬしの行動は、よりこの道場を熱くさせた!
この武田道場は、おぬしを歓迎するッ!!」
「そ、そうでござったか・・・!それを知らずに俺は・・・!
この幸村、感激致しましたぁあああ!!!」
信玄に触発した幸村が歓喜の雄叫びを上げ、それに応えるように建物が震えた。
こうなった以上、意見をどうこうとは言えない。
案の定、女は唖然として突っ立っていた。
「あ〜・・・何かごめんね?うちの人達、ああなったから止まんないから。」
「・・・・・・お前はいいのか?私がここに来ては迷惑だろ。」
「多分、大丈夫でしょ。あんたが武田を潰す気だったらとっくに追い出してるし。
大将はあんたのこと気に入ったみたいだしさ。」
決して彼女に同情したわけではない。
忍が敵役になるのはそう珍しくないが、近江から甲斐へたった一人―――
しかも馬なしで出向くなど愚かというか阿呆としか言いようがなかった。
一人の友人の為に・・・得にもならないことをここまでやれるだろうか。
「(感情の赴くまま、か)」
そういう所が主と似ているのもあり、どうも憎めない。
だからこそ、自分は彼女の平手打ちを受け入れたのだろう。
だがこれを機に、再び道場に挑戦者が集い、以前のような活気を取り戻すだろう。
女は何も言わなかったが、つり上がりそうな口をきゅっと一に結んだ。
なんだ・・・可愛いとこあるじゃん。
「某は真田源二郎幸村と申す!部下の佐助共々・・・
そなたとそのご友人に無礼をしたことを深くお詫び申す!」
「ああ・・・真田の忍なのか。というかこの道場、武田のものなのか。」
「おたく、ほんとに何も知らずに来たのね…。」
相手を念入りに調べずに殴り込みに来たとは、無謀にも程がある。
呆れる一方で、幸村はいたく感動した表情を浮かべている。
「先程の闘い・・・素手だけで佐助の後にも引かぬその勇姿・・・まことに見事であった!
どうか、そなたの名を教えて下され!」
「・・・・・・。」
「殿か!次にお越し下さった際には是非、この幸村と手合わせ願いたく・・・!」
「パス。野郎との潰し合いはこいつだけでいい。」
「やっぱり相当根に持ってるじゃん!(けど、派巣ってなんだ・・・?)」
そう言わずに!と真剣な表情で詰め寄る幸村には心底嫌そうに顔を歪める。
また騒がしくなるなと佐助の気苦労は増えるのであった。
武田道場交流開始
時は過ぎ近江にて―――。
「今戻った。」
「遅いぞっ!いくら強い貴様でも夜道を一人だけで・・・。」
「おかえり、。」
「ただいま市。心配かけてすまなかった。」
「前から言ってるが、市と私との態度が激しく違うぞ!」
「あのね、皆が教えてくれたの・・・
が赤い人の所へ行ってしまったのは市のせいなのね・・・。」
「それは違う!私の友が悪く言われて、黙ってるわけにはいかなかったんだ!
甲斐へ向かったのは私の意志だ。
でも、結果的にどちらにも迷惑かけてしまった・・・本当にすまない・・・。」
「市のために・・・怒ってくれたの?でも、には笑ってくれる方がすごくうれしい・・・。
悪いことだなんて市、気にしてないわ。」
「ほ・・・本当に?」
「ーッ!いい加減、私の話を聞けッ!」
「うるせえな・・・まだいたのか長政。
私達はもう少し話したいからもう行っていいぞ。」
「と、当主でありながらこの扱い・・・・・・なんて無様なんだっ!」
2016/02/18