*マンガ『サタニスター』の設定がちょろっと入ってます
「さんって、どういう人なんですか」
セラス・ヴィクトリアがそう口にしたきっかけは数か月前に遡る。
とある村で発生した吸血鬼事件の捜査にあたっていた婦警セラスは、
突然現れたヘルシング機関の最終兵器・アーカードと契約を交わし、彼の眷属となった。
吸血鬼になって間もない彼女は喉の渇きを覚え、皆が寝静まった屋敷の中を歩き回っていた。
窓から射す月明かりで照らされた長い廊下にたどり着き、思わず壁に手を着いた。
あの夜から何だかおかしい。普段から寝付けはいいはずなのに睡魔を感じない。
苦しげに息を漏らし、壁についた手に力が籠る。
「苦しそうですね」
後方から澄んだ声がした。
振り返ると青い修道服を身に包む女が立っていた。
さっきまで足音はしなかったはず・・・・・・という疑問は今の彼女には抱いていなかった。
「あ、あの・・・・・・」
「無理に喋らなくていいですよ。さあ、此方へ」
シスターは優しくセラスの腕を取り、ここから近い部屋へ招かれた。
もはや自分の力だけでは歩けないセラスは、ただ彼女の動きに従うしかなかった。
椅子の上に座らされ、「少しお待ちなさい。」と、
シスターは暗闇の奥でカチャカチャと金属音を鳴らす。
向こうから微かに血のにおいがした途端、力なく座っていたセラスの体がびくりと反応した。
「今のは・・・・・・?」
「さあ、どうぞ」
目の前に差し出されたグラスの水面が波立つ。
セラスは恐る恐るそれを手に持って、少しずつ喉を通した。
何の味もない水だが、先程よりも大分楽に慣れた気がする。
「あの・・・・・・貴女は?」
「ヘルシング当主からはと呼ばれております。私のことはどうぞご自由に」
薄く微笑むその表情を見て、あっ、と声を漏らした。
あの村から出た際、気を失った自分をずっと介抱してくれた人がいたのだ。それが彼女である。
「あ・・・あの時は大変お世話になりました!
お礼言うの遅くなってしまってすみません!」
「まあ、覚えていてくれたの?それはご丁寧に・・・・・・礼儀の良いお嬢さんね」
「お、おじょっ・・・・・・」
苦々しく顔を渋るセラスに、ごめんなさいと言うシスターは笑みを浮かべるままだった。
ここでようやく、セラスは思っていた疑問をぶつけた。
「あの、どうしてここにいるんですか?」
ここは大英帝国と国教・プロテスタントに仇なす化物を残滅する王立特務機関ヘルシング。
その存在はごく一部にしか知られていない。
しかもここにはヘルシングの切り札といえる、自分を眷属にした張本人が存在する。
戦いとは無縁であろう修道女が何故ここにいるのか。
(同じ眷属・・・?でも、そんな感じがしない・・・・・・)
「ここが一体何なのか分かっている貴女でしたら、それを質問するのは不要ですよ」
「えっ!じゃあ、貴女も・・・・・・?」
「ええ。ですが、貴女と同じ夜の者じゃありませんよ」
へっ?といった間の抜けた表情でを凝視した。
彼女は笑みを保ったまま、セラスを見下ろしていた。
「彼らとは長いお付き合いでして、食人鬼はもちろん吸血鬼のことも存知ております。
ここに来て間もないでしょう。困ったことがありましたら何なりと申して下さい。
セラス・ヴィクトリアさん」
それ以来から、シスターとの交流が始まった。
血を吸いたい衝動に駆られ、真夜中に訪ねられても彼女は嫌な顔を一つせず受け入れてくれる。
数少ない同性というのもあり、姉のような、母のような信頼を寄せている。
絵に描いたような聖母であるだが、彼女もまた現場へ赴き、紫煙を放っている。
このヘルシングにいるのだから不思議に思うことはなかったが、彼女には多くの謎がある。
アーカードに対する冷淡な態度。
唯一ヘルシングにいる修道女。(本当にそうであるかちょっと怪しいが)
重要人物たちとの掛け合いを見て時折思う。シスターは自分より何倍も生きているのではないかと。
そして、今に至る―――。
「まあ、確かに彼女の所業を見て人間離れしていると思うのは仕方ないでしょうな」
「ああっ、いやっ、決して悪い意味ではなくですね・・・!」
「分かっております。ですが、私の口から易々と語る部ではないので」
「そ・・・そうですよね!本当にすみません、ウォルターさん。おやすみなさい」
ペコペコと頭を下げ、セラスは逃げるように廊下を後にした。
ウォルターはやれやれと肩を下ろし、後ろにいる気配に向かって言葉を放った。
「盗み聞きとは感心しませんなあ、」
「失礼ですね。此方を通ったら偶然会話が聞こえたまでです」
すーっと姿を現した彼女は憎まれ口を叩きながらも、決して笑みを絶やさなかった。
対してウォルターもニヤッと笑った。
「人が悪い方だ。この場で言ってしまえばよかったのではないのかね?」
「インテグラにも明かしていないというのに彼女には伝えろと?
私が幾度も転生し、五十年以上も前からヘルシングにいると・・・・・・」
シスターがまだ幼子で身寄りがなかった所を若かりしアーサー・ヘルシングに引き取られ、
アーカードと若き日のウォルターと共にナチスの吸血鬼部隊及び研究機関を壊滅させた。
それから五十五年―――彼女は二十代後半のまま今もその姿でいる。
吸血鬼になったからでもない。転生する前からずっとそうなのだ。
「本当に変わりませぬなあ。お前を見てると嫌にも老いが目立つ」
「そういう貴方の減らず口は変わりませんね・・・・・・
老いてこそ人生は素晴らしいと説いたのは誰でしょうか」
「・・・・・・私も少し気になる点がある。
お前の家系は代々『殺人鬼』を狩り尽くすと聞いている。
だがの場合、化物を標的にしている。
アーカードはともかく、セラス嬢に対して友好的なのは何故だ?」
ここで初めて彼女の笑みが崩れ、蒼い瞳が細く閉じられた。
「さあ・・・・・・何故でしょうね。
人間であるのを諦め、人あらざるものになった元人間に慈悲を与えても
相手が変わらない限りどうしようもない。ですが、彼女はどうでしょう?
半吸血鬼であるのを頭では理解しても人であることを捨てようとしない。
そんな悩める子羊を放っておくなど、修道女の名が廃る」
「ああ、そういえばそんな身であったな」
「ふふ、これだから英国人は。・・・・・・それに、」
「女性と対すると、どうしても甘やかしてしまうんですよねえ」と言って去っていった。
ウォルターはふうと息を吐いた。
「本人はああいうが、そういう所はアーカードと似ておりますな」
ぽつりと出たその言葉はウォルター以外の耳に届くことはなかった。
謎は更に深まるばかり