*鬼の一族男装夢主
*夢主が女であることは皆承知済み
今日の今庄の町に大雨が降った。
あまりにも大粒の雨に、いつも外を出て声掛けをしている商人さえ店に引っ込んでいた。
雨が止まない以上、皆外出は控えるだろう。
「久々の大雨だなあ。皆店仕舞いだぜ。」
一人、今庄金山から下りて来たコタロウは、
いつも賑わっていたはずの町に人っ子一人姿が見当たらない光景に、とても滑稽に思えた。
いつもの酒場へ向かおうとする途中、ちょうど大通りのど真ん中に見慣れた後ろ姿を見つける。
漆黒にも思える長い羽織が不気味に雨風にあおられている―――思い当たる人物は一人しかいない。
「(じゃないか。・・・あいつ何突っ立っているんだ?)」
柄でもないが、「それ以上いたら風邪引くぞ。」と声をかけようと思ったが、は何かを見ていた。
最初は雨雲でも見ているのかと思ったが、視線を追ってみるとそこには酒場二階の外にいるオユウ。
彼女が手に持っているのは十兵衛に貰ったであろう口紅。
それを唇に塗り、愛しそうに喜びを見せる女の姿はどこか艶が入ってながらも、純粋に美しい。
しばらく見ていただが、何かを振り払うように頭を横に振り、酒場の中へ入っていった。
あいつ・・・・・・もしかして―――。
コタロウは酒場とは違う方向へ向かい、軽快な足取りで店の屋根を転々と飛び移るのだった。
***
・・・自分らしくもない。
一生涯、女を捨てていくと誓ったはずなのに何故オユウに憧れを抱いてしまったのか。
店に置いてある鏡に映る男らしい自分。
もはや誰かに打ち明けなければ『女』だと分からない風貌になっていた。
今更後悔なんかしていない・・・なのに・・・・・・・・・。
「ようっ、。ちょっといいか?」
「あっ、ああ・・・コタロウか。何だ?」
不覚にも彼の気配さえ気付かなかった。らしくない自分の様子に流石のコタロウも気付いてるはずだ。
何か聞かなければいいのだが・・・。
「ちょいとそこでいろんな物買って来たんだけどよ、いらねえのあるから貰ってくれないか?」
「・・・えっ?」
そう言って渡されたのは大通りにいる女商人などが付けている派手なものとは対照の髪飾だった。
「明らかに渡す相手が違う。」とは言いかけようとしたが、
「何だよ。俺の物じゃ不満だっつーのか?そんなヤツだったなんてガッカリだぜ。」
「っ・・・そ、そういう意味じゃ・・・!」
「じゃあ貰ってくれるな!?」
さっきとは逆に笑顔を見せるコタロウに、言葉を詰まらせる。
彼の好意を拒否する訳にもいかず、おずおずと頭を下げた。
「よし、早速付けてやるよ!」
「えっ・・・い、いいよ!」
「遠慮すんなって!」
ほぼ無理やり『長い』とは程遠い短い髪の毛に絡ませられた。
満足気な顔のコタロウに対し、は大げさに抵抗したわけでもないのに酷く疲れていた。
髪飾りをつけた自分の姿に、表情は晴れなかった。
「・・・せっかく付けて貰って悪いんだが・・・やっぱり僕には似合わないよ。」
「何でだよ?髪短くたって洒落ることはできるだろ?」
「そうじゃないんだ!だって・・・・・・僕はこんな格好だから・・・。」
思わず本音をさらけ出したことに我に返ったが、もう遅かった。
空気の悪い中、どう挽回しようか思考をめぐらせていると、彼の口からボソボソと何かが漏れる。
「おれは別に―――変だなんて思っちゃいないぜ。」
「そうか?俺には新鮮に見えて良いと思うが―――。」
命の恩人でもあり、今や我が師匠である明智左馬介秀満にかんざしを貰った記憶を思い出す。
こういうものを貰ったのは一体何年ぶりだろう。
忘れていたな・・・初めてかんざしを付けたあの『気持ち』―――。
「・・・ありがとうコタロウ。大事にするよ。」
「おう。俺のことは気にせず毎日使えよ。」
「・・・そうだな。善後するよ。」
その鬼武者もまた女である