鼻につく塩の匂い。(多分)ボートに打ちつく波の音。カモメが優雅に青空の下で飛んでいる。
そして目の前に、この小さな船の持ち主であろう
上半身裸の目付きの鋭い男がドーンと仁王立ちしている。
どう見てもさっきまでいた学校ではない。
この現状に追いついていない私はその恐い男と暫し凝視し合っている時、ついにその男が口を開く。
「・・・サバイバルは得意か?」
「・・・・・・・・・はい?」
「いや、言い方を変えよう。自然は、好きか?」
「(アウトドア派か?ていう話なのか?)・・・そう、ですね・・・どちらかと言うと・・・。」
「・・・そうか。」
フッと軽く笑った男に思わず釘付けになっていると、あろうことか此方に近づいた。
ん?何だ何だ!?
何故か変に意識を飛ばしていた私がその時、
その人に知らない島にいきなりブッ込まれたのを理解したのはその島に着いて暫くした後だった。
奇妙な関係性
ざばぁ―――ッ!
冷たい水が私の顔を包み込み、突然の事態が呑み込めない私は勢いよく顔を上げると、
相変わらずぶっきらぼうな顔とご対面した。
「・・・何を寝ぼけてるんだ、。そんなに泡に成り果てたいのか。」
「・・・人魚姫のようになるつもりはないんですけど。」
後になって思い出したが、食料確保するためにある動物を追いかけて砂浜に出たら
勢い余って海にダイブしたのだ。そこから記憶が飛んでしまったらしい。
気付いた時には、既にその動物がこの男にあっさり捕獲されていて、再び落胆した。
めちゃくちゃダッセーよ私・・・。
「こんな小物を捕まえられんようじゃ、まだ未熟だな。」
「返す言葉もありません・・・。」
「行くぞ。あの男に会ったら後々面倒になる。」
「えっ、何でですか?もう戦うことはないって―――。」
「―――ッ!!元気かァ―――!!?」
後方からやって来る赤髪の男、この世界では知る人ぞ知る"赤髪のシャンクス"である。
***
「ホント久しぶりだなァ。またえらく別嬪になったんじゃねェの?」
「・・・古い。」
「そう言わないでやってくれ。」
場所は島付近の海岸に停泊しているレッド・フォース号に移り、
その船長であるシャンクスの陽気な性格からか、それとも全員がそうなのか、
再会の喜びから一転して勝手に宴へとドンチャン騒ぎを始めた。
久しぶりと言っても、まだ1ヶ月しか経っていない。
"別嬪"―――シャンクスは彼なりに褒めたのだろうが、
生きている時代が違うので、どうもしっくり来ない。
後ろで苦笑するベン・ベックマンをよそに、「〜!」と子供のように抱きついて来るシャンクス。
・・・どうやら聞こえていなかったようだ。
「お前らの為の宴なんだ。飲め飲め!」
「私まだ17なんですけど。」
「もう17になったのか!俺からすればもう立派な大人だぞ。」
「精神がその年までいってない、し・・・。」
「自分を自分で追い詰めてどうする。」
私を自分の腰に座らせて上機嫌なシャンクスに、
何故か私の小言を拾ってはツッコむベックマン。なんて対照的な2人なんだろう・・・。
あとちゃんと見てなかったけど、ベックマンの頭髪・・・白くなったなあ・・・。
―――ん?
「あの・・・"あの人"は?」
「あいつはこういったモンは好まねェタイプだからな。どっかで一杯やってるんじゃないか?」
「はあ・・・。」
「・・・思ったんだが。」
「ん?」
「?」
「お頭に言ったんじゃねェよ。」と悪意があってに言ったつもりはないのだろうが、
シャンクスには効果抜群のようで、遠くで縮こまって蹲っていた。
(後ろ姿がなんともいえない哀愁が漂っている・・・!)
「"鷹の目"とお前は―――どういった関係なんだ?」
楽しく騒いでいる船員達をよそに、この空間だけが不思議と静寂に包まれる。
それを聞いたシャンクス(さっき復活した)は「今更だな。」と言った顔だ。
真面目な顔でそう言われた私はきっとマヌケな顔をしているんだろうな。
けど改めてそう聞かれるとすぐには答えられない。
「・・・師弟関係、だと思う。」
「思う?」
「最初はそう思ったんだけど・・・暫くするとどうもそんな感じがしなくて・・・。」
「じゃあ何だ?血の繋がらない親子か?・・・まさか恋人だなんて言わないだろうなァ・・・?」
「あんたと一緒にするな。」
「・・・さっきからおればっかり辛辣すぎないかベン。」
2人で言い合ってる中、私はシャンクスに言われた言葉を思い返しながら脳内を巡らせる。
ずっと黙ってたせいか、シャンクスは焦った様子で「少しは否定しろよ!」と声を上げる。
正直、耳が痛い。
「私がミホークさんに無理やりサバイバルされて・・・もう2年か。」
否、正確に言えばこの世界に来て、か―――。
「それは"カゼカゼの実"だ。」
「風・・・?」
「海の悪魔の化身と言われる"海の秘宝"、それが悪魔の実の一つ。
その実に応じた特殊能力を得るのだ。試しにやってみろ。」
「そんな急に言われても―――ぎゃぁあああ!!!」
「その実の能力を使え。」と言う無茶振りに突然彼の愛用する黒刀・夜を振り落とされた。
斬られる!!―――目をキツく閉じ、何も来ないのでそーっと目を開けた。
黒刀の刃が思いっきり自分の体を貫通しているが、血はふき出していない。
貫通している刃の周りを風で纏っている。はえ?え!?とパニックになっていた。
「ちょっ、何ですかコレ!?生きてるんですよね私!?」
「ふむ、文字通り体の一部を風に変化させるか・・・。だが自覚がなくては自分の力にはできん。」
「サバイバル続行ってことですか!!?」
それから地獄のような修行生活を続けてほぼ2年・・・。思い返せば私、よく生きてなあ・・・。
懐かしんだり、顔色を変える私を怪訝に見るベックマンの私を呼ぶ声にハッと我に返る。
「・・・正直言ってよくわからないです。戦術を身に付けられたのは有難メーワクだし、
でもこの世界に生き延びるためには必要不可欠だから・・・。
でもまだまだ一人前とは言えない私があの人を軽々しく
"先生"とか"父さん"なんて口にしちゃ失礼なんで・・・・・・って答えになってなかったね!
ごめんなさい。」
自分としては珍しくここまで長く喋ったのはいつ以来だろう。
そのせいで2人共黙っちゃってるし・・・。
弱ったな。一人ごちていると質問して来た張本人であるベックマンが口を開く。
「先に謝らせてもらうが・・・正直、あんたのことを警戒していたんだ。
何故あの"鷹の目"が戦闘も旅経験もない素人同然の娘を連れているのか・・・。」
ですよねー。
・・・なんて流石に言えないので心の中で言わせて頂く。
「だが今のお前さんを見てると―――連れ出す理由はわかる気がするな。」
「・・・へっ・・・?」
「まあ、あんたにその意志がなきゃ、ここにはいないからな。意地悪な質問してすまなかった。」
「ぜっ、全然そんなこと!!寧ろ期待に副えたこと言えなくてゴメンなさい・・・。」
「相変わらず堅い奴だなァ〜。もっと砕けた方が可愛くなるぞ?」
「別にブスでいいです。」
「無理するより今の方が一番可愛いぞ。」
「ベッ・・・ベックマン・・・。」
「いやいやいや何だよこの扱いの差!あとさり気なくを口説くなよベン。」
それからまた暫くしてあれだけ騒いでいた男達の声はなく、寝息だけが甲板に響いている。
飲みすぎて先に寝入ったシャンクスを横目に、
副船長のベックマンが後始末しているのを見て手伝おうとしたが「先に休んでろ。」とやんわり断れた。
けれどそのまま寝室に行く気がしない私は船を降りて海に沿って砂浜を歩き始めた。
見上げると月が夜空に浮かんでいる。
「どういった関係、か・・・。」
この世界が私の知っているところではないとわかった時、あまり動揺しなかったのを覚えている。
平凡に生きていたつもりの元学生の私がこの世界に来て真っ先に会ったのがジュラキュール・ミホーク。
お互い何のつながりもない赤の他人同士であるのに、何故彼は私に戦術を教えたのだろうか。
長い年月が経った今でも、その理由を話そうとはしない。
「あれ・・・。」
そのまま足を動かしていると、噂の本人が海を眺めながら一人で晩酌をしていた。
月をバックに杯を片手に持つ姿はかなり様になっている。
こちらに気付いたようで、私に視線だけを寄越す。
「随分と長く付き合わされていたな。」
「ミホークさんもご一緒すればいいじゃないですか。」
「静かに酒が飲めんし、味が不味くなる。特に赤髪は。」
「(ひどい言われ様だ・・・)」
「そこにずっと突っ立っている暇があるなら柄杓してくれ。」
「いいですよ。」
快く引き受け向かい合う形で座ろうとすると、「待て。」と静止される。
頭にクエスチョンマークを浮かべて顔を上げる。
「隣りに来い。」
ミホークさんにそういう風に指摘されるのは初めてではない。
だが今日は何故か目を合わせようとしない。
普段とは違う仕草に首を傾げつつ、言われた通りの位置を移動した。
お互い何かを話す訳でもなく、黙々と柄杓し、柄杓される。
そんな静かな晩酌の一時、ミホークさんが珍しく嬉しそうに見えたのは私の気のせいだろうか。
(鷹の目の奴・・・完全に嫉妬していやがった)
(あれは"保護者として"なのか・・・お嬢さんは全く気付いちゃいないがな)