*豊臣軍の忍夢主が鬼滅の世界へ転生
*本誌ネタバレ
あれは俺が武将として出陣していた頃、
その時は物語に描かれる空想のものでしかない認識しかなかった鬼に襲撃された。
鬼になす術がない俺の前に突然旋風が吹き荒れた。
次に目に入ったのは年はまだ二桁もいっていない子供の後ろ姿だった。
遠い記憶から引っ張り、本当は思い出したくもない最後に会った弟よりも小柄だ。
その身は軽やかに動き、歪に曲がった得物で鬼を圧倒するが決定打とならない。
このままでは子供が危ないと自分の体に叱咤した直後、十年前に消え去った縁壱が鬼を斬り伏せた。
「申し訳ございません、兄上」
昔以上に優れた剣技と人格を持って現れた縁壱に対する嫉妬と憎悪の炎が再び燃え上がった。
その強さと剣技を手に入れるため、今までの生活と妻子を捨て、縁壱と同じく鬼狩りの道へ踏み入れた。
そこに、助けにきたあの時の子供の姿もあった。
その子の名は。元々、忍びの里の出だが、彼女が風を操る力を発現してから追われる身になったという。
生まれ持った才能だというのに忍びでさえそれを被弾されるのか。
「いや、才能とは多分別だよ」
が言う【婆娑羅】は誰しもが持つ力ではなく、特に武将が多く発現されるという。
だが【婆娑羅】というのを父から何も聞いていない。書物にも残されていない。
そんな力がこの乱世当初からあるというならこの日ノ本全体に知れ渡っているはずだ。
そう告げると、は寂しそうな表情で「そっかあ」と呟いた。
多分、そうなんだろうという諦めた表情から、会いたがっていた人物がいたのだろうか。
「まあ、でも、しょうがないよね。今は生きているだけで十分だ」
忍びとして育てられているとはいえ、子供ながらに達観していた。
どこか縁壱を思わせるような・・・・・・。
(馬鹿な・・・彼女と縁壱は違う・・・)
頭振る俺に気遣う言葉をかけられ、気にするなと返す。
そうだ、何もかも違う。何故俺は縁壱と一緒くたに考えたのだ?
は幼くしてすぐ両親を亡くしている。それで俺は彼女を哀れに思ったのだろう。
は幼い年にして戦を目の当たりにしているらしく名立たる人物たちが湧き水のように出てくるが、
武将が先陣切って出ることは早々ないと指摘すると、「えっ?」と首を傾げられた。
がまだ呼吸法を覚えていないことを知り、彼女に一から手解きした。
既に縁壱から会得したとばかり思ったが、彼がいい顔をしないと言う。
だけが私が師範している、という少し優越感を覚えた。
だが、弟だからと俺と同じ年にも関わらず「縁壱くん」と呼ぶのはどうなのだ・・・?
彼女だけでも『月の呼吸』を覚えさせたかったが、覚えられたのは派生した『風の呼吸』だった。
風の【婆娑羅】を扱うのだからそれが合うのだろう。
呼吸法を身につけ『痣』を発現した隊士が二十五になると死ぬという副作用を知った。
俺の体にも現れたことからひどく動揺した。人生をかけて縁壱を越えることを叶えるどころか、
その為の鍛錬の時間すら残されていない。
「ならば鬼になればよいではないか」
そう唆した鬼の首魁。すぐ目の前に鬼狩りの宿敵がいるのにも関わらず、俺は耳を傾けてしまった。
完全に油断しきった俺は第三者の存在に気付くのが遅れた。
「全ての元凶がッ!わかったような口を叩くなぁあああ!」
見たこともない怒りの形相に思わず目を見開いた。怒りで呼吸が乱れている。
彼女の刃が鬼舞辻に届く前に、男の腕がしゆの胸を貫いた。
「・・・!」
その時になってやっと声を出した。
崩れ落ちる彼女に手を伸ばすも、口から出るものは声にもならなかった。
それでも必死に、息が絶えるまで俺に何かを訴えようとしていた。
「それで?答えは?」
人間であった頃の記憶が黒く塗りつぶされる中で私は、俺は気付いた。
あの時が激昂した意味を―――・・・。
***
は不思議な子供だ。
年は俺たちよりもずっと下だというのに、一度や二度人生を送ってきたような物言いをする。
あの時日輪刀を持っていない中で、俺が来るまで鬼から逃げなかった。
兄上を助けてくれた恩があるが、鬼狩りに入隊するのは別だ。
には風を操る【婆娑羅】という聞き慣れない力があるが、十にも満たない子供が武器を振るうのは好ましくない。
鬼とは別に彼女の命を狙う追手がいるというのだから尚更だ。それらも含め俺たちに全てを任せてほしい。
には戦うことよりも、子供らしく平穏に過ごしてほしい。
「戦えないと自分だけでなく守りたい人も死んでしまうから」
「だから無理だよ、ごめんね」と申し訳なさそうに笑った。
は言った、自分は転生者なんだと。
前々世では今とまったく関係なく平和に暮らしていたと。
前世では家族を奪われ、戦う道を選んだと。選んだのは他者ではなく、あくまで自分。
もう大切な者はいないというのに過酷の道を選んだ。
最初から力があれば両親が殺されずに済んだのに―――そう言って拳を握る彼女は自分とは真逆だ。
けれど一番守りたかったものを守れなかった後悔は、苦しいほど痛感している。
「お前の気持ちは、俺も同じだ。だが、自分の命を顧みない姿勢はよくない」
は驚いた表情をしていた。俺の態度から見て鬼狩りを追い出されると思っていたらしい。
が自ら決めたことだ、複雑だがお前の尊重を大事にするべきだ。
すると今度は顔を俯せた。さらに体を小刻みに震わせていていた。
「何で!そういうのを言葉にしないんだよ!?」
***
「―――それから、彼女に言葉にしたいときは素直に言葉にしろとすっぱく言われていたものだ」
鬼舞辻をあと一歩のところで逃してしまい、身内から鬼を出してしまった責任を問われ、
当時の産屋敷家当主の温情で自刃を免れたが、俺は鬼殺隊を追放されることとなった。
まだ組織に身を置いていた頃に助けた炭焼きの竈門家に再び訪れては、自分の生い立ちや小さな友人について語った。
炭吉は嫌な顔一つもなく、長女のすみれをあやしながら俺の話に耳を傾けた。
「とても強い子なんですね、っていう子は」
「ああ、俺よりもずっと心が強い」
鬼舞辻を逃したあの夜、慌てて駆けつけてきた剣士から聞いた話の内容は信じ難いものだった。
隊士であり、肉親である兄上が鬼になってしまった。彼がいた場所には手を組み、
綺麗に整えられたの遺体があったことも。兄上は鬼になっても、彼女に対する情が残っていた。
だから僅かに希望を抱いてしまった。愚かしいといわれても仕方がない。
兄上、貴方にはまだ伝えていないことがたくさんあります。貴方は俺に会いたくはないでしょう。
ですが嫌でも直接会って言わねばならない。
そうしなければいつまで経っても、に顔向けなどできぬ。
2020.01.02 pixiv投稿済