*名前変換なし
嫌々で現場まで連れて行かれた現場はまさに地獄だ。
こんな所に連れてきた知人には一発殴らなければ・・・悪態がつける頃はまだ余裕があった。
だがあの男に出会った瞬間、生き延びられる手段は途絶えた。
噂で聴いたグルースキン。花婿。手作り感のあるモーニングスーツ。
全てが合致して理解した絶望感。
体育館に吊るされた花嫁だった者たちのようになりたくない。
ただ大人しく、彼の側にいることに尽くすのみ。それをグルースキンは大いに喜んだ。
今まで会う者たちに拒絶されていたからか、私から片時も離そうとしない。
「darling、君の為に作ったんだ。今も十分魅力的だが、これを着る君は更に輝くだろう」
まだ誰も腕に通していないウエディングドレス。
吊るされた花嫁たちも着るはずだったであろうもの。
最も、それを自ら望む人間は含まれていないのだが。
「ありがとう、グルースキンさん」
「darling、そろそろ名前で呼んでくれないか?今後は君も『グルースキン』と呼ばれるのだから」
彼は幸せに満ち溢れていた。
結婚して、子供を作り、幸せな家庭を築く未来に思いを馳せている。
必ずそうであるのだと、信じて疑わない。
強い妄執に取り憑かれているような姿を見て、私は思わず口走った。
「もし、私が子供を産めない人間だったらどうするの?」
固まるグルースキンに強く後悔した。抵抗したり、反論した人間がどうなるか知らないはずがない。
今気に入られているからといって、最期までの保証はない。
肩を震わせるグルースキンに謝ろうとしたが、自分より大きな手に腕を掴まれた。
ヒッと情けない悲鳴を上げた。
「ああ、darling、darling・・・俺は君がいないとだめなのに、こんなにも尽くしているのに、なっ、
何故そんな残酷なことを言うんだ?君も所詮あいつらと同じなんだな。醜い卑しい尻軽女め・・・!」
今度はミシミシと掴まれている腕から悲鳴が上がる。
骨ごと折られるんじゃないかと涙が流れ、痛い痛いと子供のように泣きじゃくった。
グルースキンはやっと我に返り、私の腕を離した。
「ああ・・・すまない、ごめんよ。君を傷つけるつもりはなかったんだ・・・」
ぼろぼろと落ちる涙を指で払い、私の背中を摩りながら抱きしめた。
さっきまで腕を潰しかけていた手とは思えないほど優しい。
「俺は不安なんだ。君まで俺から離れると思うと身も心も張り裂けそうになる・・・
でもそれは君も同じなんだね…わかるよ、初めてのことに不安を抱くのは当然のことだ」
理解していると豪語する彼に諦めと絶望を覚えた。
話はできても、こちらと意思疎通を図るのは到底無理であるのだと。
そんなこと、この精神病院で嫌というほどわかっているはずなのに、私は何を期待していたのだろう。
吊り橋効果に似た現象なのか、恐怖の対象でしかなかったグルースキンに
心を許している私もよほど狂っている。
「誓うよ、君と、未来の俺たちの子に・・・・・・
いつか、不安なんて一度もなかったと笑い合うくらい幸せにしてみせる」
恐ろしい人だが、こうなる前は本当にただ幸せになりたかっただけなのだろう。
それが、歪な形になってしまった。彼からすれば、幸せになれるなら相手は誰でもいいのだ。
私じゃなくても・・・・・・
「darling?返事を聞かせてくれ」
グルースキンが顔色を伺う。その目に期待と不安に混じって狂気が浮かんでいる。
「ああ、私たちを幸せにして、エディ」
その幸せは永遠に来ないとわかっていても、今は縋るしかできない。
2019/10/10