*サタニスター(ナックルスター)の妹設定
『サタニスター』は個人名ではない。
『シスター』のように役職・立ち位置を示す呼び名である。
普段は修道女として活動しているが、それぞれ与えられた担当の仕事を全うしている。
ある者は『特殊殺人鬼狩り』、ある者は『暴動鎮圧』『怪物狩り』―――
はその後者である。
遺された意志
西東京区ひばり学園町の駅を南口から降りてまっすぐ1km歩くと、
明治時代に建てられたという小さな教会がある。
観察眼のするどい者が見れば、教会の十字架が一般的なラテン十字とは少しちがうことに気づく。
そして、この教会はただひとりのシスターによって営まれていた。
「ぐす・・・ぐすっ・・・。」
今日もこの星村教会に迷える子羊が訪れていた。
『自分はクラスメートの一部からいじめを受けている』『言い返すこともできない』―――
少女は告解室の椅子に座って体を震わせていた。零れ出る涙を何度も手で拭っていた。
「あなたの心の苦しみはよくわかりました。それはさぞ悔しいことでしょう。」
「・・・はい。」
少女は震える声で、何とか返すことができた。
奥にいる姿の見えないシスターの優しい声は、今の彼女にとって唯一の安らぎであった。
「ではこうしましょう。
まずそのクラスメートを人気のない場所に呼び出し、そこで私が鉄槌を下し―――」
「ま、待って下さい!な、何をおっしゃっているのか・・・!」
ひどい仕打ちをされたことに涙していた少女はそれを忘れ、シスターの言葉に思わず言葉を挟んだ。
一瞬、しんと静まり返る。決して、少女の聴覚がおかしくなった訳ではない。
この相談の場合、『汝の敵を許せ』といった答えを出すのが普通である。
しかし、シスターはそれとは全く真逆の答えを出したのだ。
「もちろん、仕返しを考えてしまった自分も、その相手を許すべきです。
ただし、相手を再起不能にしてからね。」
誰もが馬鹿げてると思うのだろう。
だが当たり前のように発言しているこのシスターは至って冷静であるし、思考も正常である。
シスターには悪魔のように振る舞うことに、ある『使命』を持っているからだ。
そんな彼女の思いは、戸越しにいる少女には到底理解して貰えないのだろう。
***
今日のお悩み相談も『未解決』で幕を閉じた。シスターからすれば、いつものことである。
自分がこの教会の主になる以前まで営んでいた友人であり、師にも当たる
『サタニスター』がやっていた事を同じように掃除もするようになっていった。
星村教会も再建できて、以前よりもたて付けが良くなった。
シスターは一旦モップ掛けを止め、一息ついた。
「(これで少し・・・・・・あの人に近づいてるのかな)」
数時間前に相談しに来た少女。何年か前までは自分も、同じ立場であった。
何もできなくてメソメソしていた自分が、今となっては懐かしい。
思い返せば、あの時はまだ楽な状態だった。黙っていればいつか終わる。
だがこの教会に来て、あの人に出会ってから全て変わった。
最初は振り回されてとても迷惑に思っていたが、
『今』の自分がいるのはその人のおかげであるのだ。
できることなら・・・・・・直接、あの人にお礼が言いたい。
一生叶わないと分かっていても、そう願わずにはいられなかった。
「(そうだ、掃除の続きしないと―――)」
モップを手に取った時、ちょうど後ろから扉が開く音を覚った。
こんな夜遅くに誰が―――?
振り返った直後、その視線の先にいた人物にシスターは目を見開いた。
自分が着ているものと同じ修道服。プラチナブロンドの髪。ダブルヘッドクロス。
そしてその顔に、シスターには見覚えがあった。
一体誰なのか分かった途端、切羽詰まった声を出した。
「―――サタニスターさんッ!」
喜びのあまり、握っていたモップを手放した。
それが床に倒れ、鳴り響いた音によって、ハッと、再度目を見開いた。
「―――はい、そうです。そう言う貴女も『サタニスター』・・・・・・ですよね?
沢本いづみさん。」
柔らかい、物静かな声が教会に響き渡る。
右目に痛々しく残る傷跡。髪は長いが、ちゃんと一つにまとめている。
顔は似ているが、あの人ではない―――。
動揺している自分を窺ってか、その人はにっこりと毒気のない微笑みを浮かべた。
「貴女の師、ナックルスターと思いでしたか?もしそうだとしたらお詫び申し上げます。
彼女は・・・・・・私の姉なのです。」
「・・・・・・ええっ!?」
シスターこと沢本いづみは清楚な顔を崩壊させて、驚愕の表情に変貌した。
***
「あ、あの・・・・・・さっきはすみません・・・・・・。」
「いいえ。私は後から入った新参者ですので、姉の同僚達も同じ反応をしていましたね。
歳は離れていましたが、本当に瓜二つだとよく言われます。」
「は、はあ・・・。」
向かい合って座っているサタニスター、は、
持て成された紅茶を優雅に一口つけて答えた。
この丁寧な物腰と仕草を見て、いづみは「あの人の妹さんにしてはすごく丁寧だ。」などと
失礼極まりない発言を心の隅に呟いた。
「(でも、本当にそっくり・・・・・・)」
本当に一瞬、ナックルスター本人ではないのかと思った程だ。
ただ、同じサタニスターであるからか、本来修道女には不似合いすぎる傷跡があった。
きっと、この人も何か危ない仕事を担っているのだろう。
その時ふと、誰でも最初は訊くであろう当たり前な疑問を思い出した。
「そ、それで・・・・・・さんは何の御用で・・・?」
「おや、私としたことがつい。」
カップを置いて、伏せていた彼女の蒼い瞳がゆっくりといづみに向けられた。
「貴女のことは、姉の同僚方に話を伺いました。
姉の唯一の弟子にして、ナックルの継承者。どんな方か一目お会いしたかったんです。」
「は・・・・・・。」
「お話通り・・・・・・貴女はいい目を持ってらっしゃる。姉が側に置く理由が、よく分かる。」
「そ、そんな・・・・・・。」
間近で賛辞を聞く事に慣れていないいづみの精神は当時初々しかった中学生に戻っていた。
ほんのりと頬を赤らめ謙遜するいづみを見て、は満足げに笑んだ。
「この教会の主になるには早すぎるとばかり決めつけていましたが、
今の貴女なら要らぬ心配でしたね。これからも頑張って下さい。」
「あ・・・・・・帰るんですか・・・?」
「実はこの後、暴動鎮圧の依頼が入っていまして。
急ではありましたが、お会いにできて光栄ですよ。
次はゆっくりお茶しながらお話しましょう。」
「は・・・・・・はい!ぜひ!また、遊びに来て下さいね!」
一瞬、反応が遅れたが、穢れのない笑顔で応えた。
「ええ、もちろん―――。」
ご丁寧に扉が閉められたが、最後まで見送りたい一心で、いづみはドアノブを取った。
だが、次に開いた時には既に、彼女の姿は消えていた。
颯爽と現れ、風のように消え去っていったは、
いづみの脳内に強く印象付けられた。
もっと彼女と話がしたい。ナックルスターとどんな少女時代を、どんな生活を送っていたか。
聞きたいことが増える同時に、いつ会えるかという疑問が強く浮上するのだった。
***
沢本いづみ。
彼女と直接会ってどういった人物か、そのオーラが滲み出ていた。
元は勇気がなく、気が弱くていじめっ子の良いカモにされる性格であったが、
友人の為、大切な人の為に感情を爆発させる。
決して、自分の為に力を使おうとしない。本当にいい子だ。
「また、遊びに来て下さい・・・・・・か。」
初めて対面する得体の知れない自分を面と向かって、しかも笑顔で―――。
そう言われたのが初めてであった。
はこれから血と暴言飛び交う群衆の中へ飛び込もうとする中、
鼻歌を歌うまで上機嫌にステップを踏むのだった。