竹内多門/蛇ノ首谷/戻り橋
1976年/17時59分44秒
夕日が沈もうとしている時間帯に関わらず、セミは鳴き続けていた。
小学生になって初めての夏休みを少年は満喫していた。
まだ小学校に上がっていない二つ下の少女と共に外を駆け回る。
時間はあっという間に過ぎていった。
「そろそろ帰ろう。」
「えー。もうちょっと遊ぼうよ〜。」
「僕はいいけど、おじさんは許してくれないんだろ?」
駄々をこねる少女に少年が言うと、先程とは一変してしゅんと沈んだ。
「お父さん、わたしのこと嫌いなんだ。だからいつもこわい顔して・・・・・・。」
「うん・・・そうだね。」
少女の父親は厳格な性格であらゆる制限を強いる。
家族ぐるみで何度か顔を合わせているが、ニコリと笑ったのを見たことがない。
「あいつは不器用なだけで勘違いされやすいんだ。」前に父がそう言っていたが、
まともに会話すらしていない現状に、素直に納得ができなかった。
「休みはたくさんある。また明日遊ぼうよ。用事なかったらの話だけど・・・。」
「遊ぶ!用事ないもん!」
「よし、決まり!集合場所はこの橋!目印はこれな。」
そう言って少年は橋架の欄干に石で自分の名前を彫った。
ご丁寧にも自分の年まで。
「いいのー?怒られちゃうよー?」
「目立たないとこにやってんだから平気だって!君も彫りなよ。」
「え〜・・・やだよ〜。」
他愛ない会話を交わした後、お互い手を振って別れた。
そんな明日が来るのは、二度と来ないと知らずに―――。
***
八尾比沙子/刈割/不入谷教会
数週間前/16時38分24秒
多聞は机の上に乱雑に置かれている資料を目に通すと、淹れたばかりのコーヒーを口にする。
懐からバイブ音が響き携帯電話を取り出すと、登録している番号が出ている画面を一見する。
通話ボタンを押すと、控えめな声が耳元に伝わった。
『いやー遅くなってごめんね。一人になるのに時間使っちゃった。』
「わざわざスマンな。」
携帯電話越しから聞こえる懐かしい声。
と電話でやり取りするのはこれが初めてではない。
あの土砂災害で家も両親も失った多聞は草雲に引き取られ、と共に東京へ移った。
あの草雲に無償で学校まで通わせてくれたのだ。
亡き父が言っていたあの言葉は、あながち間違ってはいなかったようだ。
それから高校を卒業し、それぞれ別の大学へ渡ると年に何度かと連絡を取っている。
『でも珍しいね。場所指定するなんて・・・羽生蛇村は田舎中の田舎だけど、
今でも電波通ってるよ?』
「すまない、どうしても村の人間には聞かせたくないんでな。」
いつにも増して真面目なトーンな声で言うと間を置いて、
『何か訳ありだね。』は何か探るような笑みが含む言葉を返した。
『何かしでかしちゃったの君?』
「まだ何もしちゃいない。だがこれから話す内容は村にとっては都合が悪いだろうな。」
『ふぅん・・・・・・?というのはどんな?』
「誰にも知らされずに行われる秘祭についてだ。」
それは村唯一の図書館や役場にも載っていない何十年に一度やると言われる儀式。
何度問い合わせても、「そのような出来事は確認とれない」と決まって返されるのだ。
「だが誰も知らないはずの儀式を、何故かネットで都市伝説と括って上がっていた・・・。」
『“一人の村民による全住民の大虐殺”』
「やはり見てたんだな。は・・・・・・」
『あれ書いたの私じゃあないよ。』
「分かってる。いくらオカルト好きのお前でも、そんな馬鹿げた真似はしない。」
『それって褒めてるの?罵ってるの?』
イヤホンから責める気のない声色で、クスクスと笑い声が漏れる。
「奴らが隠していることは違いない。
もし私の学説が正しければ・・・・・・秘祭はまた行われる。」
『とても同郷の者とは思えない言い方だね。』
「お前はその故郷の秘密を嗅ぎ回る私を・・・蔑むか・・・?」
多聞はさまざまな学説に興味を示す。
それは幼い頃、子供故の好奇心以上に旺盛であったの影響でもある。
共通点を持つ彼女の話を聞くのは楽しいし、
何より家族同然として育った自分を理解してくれる数少ない友人だ。
長く築いてきた友情が壊れるのを承知に、多聞は返事を待つ。
『―――私がアメリカに行くって家族は大反対してたのに、
多聞君だけは話を聞いてくれた。そんな君を簡単にポイするわけないでしょ?』
「・・・・・・ああ、そんなこともあったな・・・。」
平静を装う多聞だが、彼女に聞こえるのではないかと言わんばかり心臓音がうるさい。
心底ホッとした自分がそこにいた。
『私もその儀式について、嫌な感じがするんだよね・・・・・・。
もし本当に村に来るのなら・・・・・・一度家に来てくれない?
裏庭の倉庫の奥に鍵付きのケースの中身を持っていって。』
「お前、まさか・・・・・・。」
『大学時代で護身用にね。鍵はいつもの隠し場所にあるから。
気を付けてね。』
自分の返事を待たず、そこで電話は途絶えた。
あのがそこまで不安がるのは草雲の死以来だ。
全てを奪った土砂災害の惨劇が再び起こることを脳裏に過る。
多聞は数年ぶりとなる都内の家へ車を走らせるのだった。
***
時折、とても重要な何かを、自分自身のことも忘れているような気がしてならない。
それが一体何なのか、思い出そうとしても脳裏全体を覆う黒いモヤは晴れない。
何故自分は求導女と呼ばれ、村人からこんなにも優しく迎え入れてくれるのか。
思い出さなければ・・・・・・でも思い出せば今までの自分が消えてしまいそうでならない。
自問自答を繰り返しながら比沙子は教会で祈りを捧げた。
そこへ、滅多に見ない来客が現れる。数か月前に療養のため帰省して来ただった。
「あ、どうも。この前、牧野さんに荷物運ぶの手伝って貰ったお礼に
お菓子持ってきたんです、けど・・・・・・。」
は中を見渡し、牧野が留守にしているのを悟った顔で、
包装された和菓子箱を持つ腕を右往左往させた。
「いつ戻るか分からないし、預からせてもいいかしら・・・?」
「ん〜〜〜じゃあ、お願いします。出会い頭から申し訳ない・・・・・・。」
「力になれなくてごめんなさい。」
薄く微笑みを向けるが、は苦笑を浮かべつつも、決して目を合わそうとはしなかった。
「お祈りの邪魔してすみませんね。それじゃ。」
はそう言い残してすぐ教会を後にした。
彼女に何か気分を害させるような覚えはない。
それ以前に、初対面の頃から私を見る目が皆と違うのは明らかだった。
彼女は、私が何者なのか知っているのだろうか。
否、あれは全て知っているような顔ではない。
記憶の断片だけ抱えているような、何とも曖昧な感覚の中にいる。
まるで自分と同じ―――。
***
SDK≪もうすぐ7月も終わりか〜≫
SDK≪あれからめっきり来なくなったし草草ホントに行ったのか?≫
【草草さんが入室しました】
SDK≪おっ?≫
草草≪イエーイ☆お久〜≫
SDK≪噂すればホントに来た!≫
草草≪噂って何ぞ≫
SDK≪大虐殺で噂の羽生蛇村に帰省したって≫
草草≪うん♪≫
SDK≪マジで?≫
草草≪おーマジマジ≫
SDK≪そこスゲー田舎なんだろ?もう草草とチャットできないかと思った≫
草草≪あら嬉しい♪このチャットに参加してる時点で電波来てるんだぜ☆≫
SDK≪マジか≫
草草≪おう。でも同居人が厳しいから浮上率低くなる≫
SDK≪そっか。実家じゃないんだっけ?≫
草草≪とうに無くなったんだよ〜。今回帰省したのもその人の勧めなんだけどね≫
SDK≪居候者は贅沢だめってか≫
草草≪しゃーないさ。家に住まわせてくれるだけで十分よ≫
SDK≪ふーん≫
SDK≪いつまでそっちに?≫
草草≪全回復するまで☆≫
SDK≪今度そっちに行くんだけどさ、案内がてら付き合ってよ≫
草草≪例の都市伝説の調査かい?やーい、物好き〜☆☆☆≫
SDK≪そんな物好きが集まる場所だぜ、ここは≫
草草≪せやな≫
SDK≪で、会ってくれるの?≫
草草≪うわーガチじゃん、この子!全然いいけど≫
SDK≪え、マジで?≫
草草≪どうせ家事手伝い以外ヒマだからね。落ち合うとこ私の知ってる場所でOK?≫
SDK≪できれば分かりやすいとこで≫
草草≪そうだなー。田んぼで埋め尽くされたとこに廃倉庫があるからそこで≫
SDK≪田んぼなんてたくさんあるだろ!≫
草草≪SDKなら大丈夫さ〜。多分≫
草草≪あ、ごめん。叔母さん帰って来たからこの辺でドロンするぜ≫
【草草さんが退室しました】
SDK≪え、本当に出てったよ≫
SDK≪まだ連絡先交換してないのに大丈夫なのか?≫
SDK≪ま、何とかなるかな≫
【SDKさんが退室しました】